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北海道の広報紙「ほっかいどう」2019年12月号

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北海道の広報紙「ほっかいどう」2019年12月号

広報紙「ほっかいどう」では、主要な道政課題や政策、道政の新しい動きなどを特集するとともに、道民生活に密着した生活情報、議会情報などを紹介します。令和元年度は5回、7・8・10・11・2月に発行します。

広報紙「ほっかいどう」2019年12月号 目次 【特集 みんなの応援で、北海道を元気に!】「ほっかいどう応援団会議」を立ち上げました。たくさんのエールを結集して、力強い北海道をつくっていきます。【みんなの赤れんが】犯罪被害に遭った方を支援しています。視覚障がい者向けに道政資料を送付します。北海道立文書館休館のお知らせ。みんなで暖まりながら、かしこく節電を!。鳥インフルエンザ対策。子どもを虐待から守るために。冬の交通安全運動。【まさかは必ずやってくる 防災ガイド】除雪中の事故を防ぎましょう。【いきいき地域から】オホーツク総合振興局(津別町「ノンノの森」で冬のアクティビティを楽しもう!)。釧路総合振興局(白銀の釧路湿原を疾走する「SL冬の湿原号」運行!)。【お知らせ道議会】令和元年第3回定例会(9/10~10/4)。【ほっかいどう未来への元気遺産!】北海道を元気にする、人・もの・アイデアを紹介します。スポーツの力で、楽しみながら除雪問題を解決したい(小樽市)。【知りたい!ふれたい!アイヌ文化】ムックリやトンコリは、どんな楽器?。 (広報紙「ほっかいどう」 | 北海道のホームページ)

関連サイト

北海道のホームページ | 北海道庁

関連エントリ

広報紙ほっかいどう の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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11月30日 日本の皇嗣、皇族 秋篠宮皇嗣殿下の誕生日

11月30日 日本の皇嗣、皇族 秋篠宮皇嗣殿下の誕生日

1992年 (平成4年) 7月10日 北海道美幌町の美幌音楽人加藤雅夫が赤坂御用地にある秋篠宮家の宮邸を訪問する。庭園の紫陽花(アジサイ)が見事に咲いていた。秋篠宮邸の玄関先で、秋篠宮皇嗣殿下と秋篠宮皇嗣妃殿下が幼子の眞子内親王を抱いてお見送り。 1999年 (平成11年) 5月14日 北海道美幌町の美幌音楽人加藤雅夫が二度目の秋篠宮邸訪問。新居のお祝いに北海道美幌町の鈴蘭(スズラン)の苗を持参する。 2006年(平成18年)6月1日 秋篠宮皇嗣殿下が北海道網走市内の東京農大オホーツクキャンパスご来訪。生き物文化誌学会第4回芸術大会オホーツク大会ご出席。(三顧の礼?!)

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皇嗣 皇位継承順位第一位の皇族 / 皇嗣(こうし、英: Crown Prince)は、皇室典範において、皇位継承順位第1位の皇族を指す呼称。現行の皇室典範では皇嗣のうち、天皇の皇子である者には皇太子(こうたいし)、皇孫である者には皇太孫(こうたいそん)の称号を付している。第126代天皇徳仁在位中の皇嗣は、その皇弟にあたる秋篠宮文仁親王(上皇明仁第2皇男子)である。 (皇嗣 – Wikipedia)

秋篠宮文仁親王 日本の皇嗣、皇族 / 秋篠宮皇嗣殿下親王(あきしののみや ふみひとしんのう、1965年〈昭和40年〉11月30日 – )は、日本の皇族。皇嗣(2019年〈令和元年〉5月1日 – )。上皇・上皇后の第2皇男子。今上天皇の皇弟。秋篠宮家の家祖。称号は礼宮(あやのみや)、お印は栂(ツガ)。身位は親王。皇室典範における敬称は殿下。勲等は大勲位菊花大綬章。政府方針による呼称は皇嗣殿下(こうしでんか)。宮内庁による正式呼称は秋篠宮皇嗣殿下。皇室典範特例法第5条の規定により、皇嗣となった2019年(令和元年)5月1日以降、皇太子と同等の待遇とされている(国外への対外的な呼称は皇太子と同等のCrown Prince Fumihito)。なお、現行の皇室典範の下では初の皇太子以外の皇嗣である。住居は東京都港区元赤坂の赤坂御用地内にある秋篠宮邸。1997年(平成9年)3月からは旧秩父宮邸を改築して使用していたが、立皇嗣にあたり再び宮邸を改修するため、2019年(平成31年)2月から御仮寓所に移った。 (秋篠宮文仁親王 – Wikipedia)

関連サイト

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) – 宮内庁のホームページ

秋篠宮家 – 宮内庁のホームページ

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天皇家の皆さま方と美幌峠(美幌町) – 美幌音楽人 加藤雅夫

秋篠宮家 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

日本の皇室のご活動・ニュース (令和元年 秋) – 美幌音楽人 加藤雅夫

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北海道美幌町出身のサクソフォーン奏者 北守一生 (Kazuki Kitamori)

北海道美幌町出身のサクソフォーン奏者 北守一生 (Kazuki Kitamori)

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北守一生さんのマンハッタンズライブ 2019/11/16掲載(美幌町/告知) 美幌町出身サックスプレーヤー / 11月26日 / 美幌町出身のサックス奏者、北守一生(かずき)さん率いるバンド「マンハッタンズ」のジャズライブ2019が26日(火)午後6時から町民会館びほーるで開かれます。 北守さんは美幌中学校、美幌高校を卒業。大学進学後にプロになり、アメリカ・ニューヨークを拠点に活動。歌手のホイットニー・ヒューストンさんの母・シシーさんら数々の著名なミュージシャンと共演しました。 美幌のライブは1年半ぶり。前売券2千円、当日券2500円で、ドコモショップオホーツク美幌店(0152・75・2112)などで扱っています。(浩) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

町民会館文化情報 美幌町で開催される文化事業 / 11月26日(火) MANHATTANS JAZZ LIVE 2019 美幌公演、主催者 ドロップス、会場 町民会館小ホール、前売券 2,000円 全席自由、開演 18:00 (町民会館文化情報 | 美幌町のホームページ)

関連サイト

美幌町 びほろちょう Bihoro Town | 美幌町のホームページ

北海道バリアフリーマップ 美幌町

関連エントリ

アメリカ合衆国のジャズピアニスト Ronnell Bright について – 美幌音楽人 加藤雅夫

北守ただよし の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

Tadayoshi Kitamori の検索結果 -?美幌音楽人 加藤雅夫

北守一生 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

Kazuki Kitamori の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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市民の歌 (北海道札幌市)

市民の歌 (北海道札幌市)

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「市民の歌」(しみんのうた)は日本の政令指定都市の1市で、北海道の道庁所在地である札幌市の市歌。作詞・能條伸樹、作曲・川越守、補佐・西田直道。 表題は「札幌市民の歌」でなく、自治体名を含まない「市民の歌」が正式名称である。 (市民の歌 (札幌市) – Wikipedia)

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市民の歌 (札幌市) – YouTube

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市民の歌 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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日本の詩人 能條伸樹 (市民の歌)

日本の詩人 能條伸樹 (市民の歌)

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能條 伸樹(のうじょう のぶき、1930年10月18日 – 2016年2月4日)は、日本の詩人。農業ジャーナリスト。 生涯 / 東京府出身だが、札幌市で育つ。 旧制中学校を卒業したのち、参議院速記者養成所を卒業し、1951年より北海道に戻って北海タイムスで速記者となる。のちに新聞記者として勤務するかたわら詩作。 1983年よりホクレン農業協同組合連合会にて広報ホクレンの編集長となる。 著書 / 詩集「薄明に呼ぶ」「父と子の20代詩集」 エッセイ集「農と食の窓辺」「北風ちゃんねる」 (能條伸樹 – Wikipedia

「市民の歌」(しみんのうた)は日本の政令指定都市の1市で、北海道の道庁所在地である札幌市の市歌。作詞・能條伸樹、作曲・川越守、補佐・西田直道。 表題は「札幌市民の歌」でなく、自治体名を含まない「市民の歌」が正式名称である。 (市民の歌 (札幌市) – Wikipedia)

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市民の歌 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

能條伸樹 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

Nobuki Noujou の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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日本の作曲家・指揮者 西田直道 (マンドリン)

日本の作曲家・指揮者 西田直道 (マンドリン)

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西田 直道(にしだ なおみち、1907年12月21日 – 1978年1月9日)は、日本の作曲家、指揮者。 経歴 / 北海道名寄市出身。同志社大学法学部卒業。在学中はマンドリンクラブに所属し、指揮をしていた菅原明朗から和声、対位法、管弦楽法、指揮法を学んだ。また池内友次郎からも対位法とフーガを学んだ。1941年にNHK札幌放送管弦楽団が創設されると、指揮者として招かれた。また札幌大谷短期大学(現在の札幌大谷大学短期大学部)や札幌商科大学(現在の札幌学院大学)などで指導にあたった。 1957年には北海道文化賞を受賞した。 作品 / 管弦楽曲 管弦楽のための組曲 古風な舞曲(1952) アイヌの民謡によるパラフレーズ – 2台のピアノとオーケストラのための(1965) バレエ「那古と不比羅」 合唱曲 / 交声曲「札幌ひらく」(林哲男作詞、1944) 組曲「雪の日」(1960) 組曲「白鳥」(1961) 声楽曲 / 寒蝉鈔(佐藤春夫詩、1940) 啄木のうた五章 マンドリンオーケストラ / 秋の前奏曲 ピアノ曲 / 大和(1941) 放送劇 / 「光を掲げた人々」違星北斗(森本儀一郎脚本、1955年) 校歌 / 札幌市立東園小学校(樋口秀雄作詞) 北見市立東相内小学校(宇野親美作詞) 中標津町立中標津中学校(更科源蔵作詞) 北海道北見工業高等学校(宇野親美作詞)
(西田直道 – Wikipedia)

「市民の歌」(しみんのうた)は日本の政令指定都市の1市で、北海道の道庁所在地である札幌市の市歌。作詞・能條伸樹、作曲・川越守、補佐・西田直道。 表題は「札幌市民の歌」でなく、自治体名を含まない「市民の歌」が正式名称である。 (市民の歌 (札幌市) – Wikipedia)

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市民の歌 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

西田直道 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

Naomichi Nishida の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

同志社大学マンドリンクラブ の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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日本の作曲家 川越守 (北海道札幌市出身)

日本の作曲家 川越守 (北海道札幌市出身)

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川越 守(かわごえ まもる、1932年 – 2017年12月9日)は、北海道出身の日本の作曲家。 1984年に札幌市民文化奨励賞、1986年に北海道文化奨励賞を受賞している。 人物・来歴 / 北海道を中心に活動した作曲家で、地域の演奏団体、劇団等のために100曲を超える作品を作曲した。 1952年に北海道大学へ入学し北海道大学交響楽団へ入団、 1955年には北大交響楽団の常任指揮者に就任した。 1956年に教育学部教育学科音楽専攻を卒業後、 1987年まで北海道学芸大学 (現北海道教育大学札幌校)で非常勤講師を務めた。 1960年より作曲活動を開始し、主な作品として「北海の幻想」、札幌市の市歌「市民の歌」、「交響詩“サッポロ”」などが知られている。 1971年には第4回北海道芸術新賞を受賞。 1970年から札幌大谷短期大学及び1983年から北海道教育大学岩見沢校で1998年まで非常勤講師を務めた。 1980年に北海道交響楽団を設立し、団長及び常任指揮者に就任する。 1988年からは北海道栄養短期大学(現 北海道文教大学短期大学部)教授となり、 2001年から2003年までは北海道文教大学短期大学部副学長を務めた。 2008年に平成20年度札幌芸術賞を受賞。 2017年9月10日には1960年に作曲した祝典序曲「エルムの鐘」をCD化するため、肺がんで闘病中でありながらも車椅子で指揮をとり、 これと一緒に録音した「都ぞ弥生」が最後の指揮となった。 2017年12月9日札幌で永眠。 主な作品 / 都ぞ弥生 : 1955年編曲。早稲田大学と合同の北海道演奏旅行中に編曲。北大を代表する歌であり、北大交響楽団のテーマソングとして、演奏会の冒頭で必ず演奏される。 祝典序曲 エルムの鐘 : 1960年作曲。北海道大学クラーク会館の竣工記念式典のために作られた。北大恵迪寮の明治45年寮歌である「都ぞ弥生」のメロディが含まれている。 市民の歌 (札幌市) : 1964年作曲。北海道札幌市の市歌。 北海の幻想:1965年作曲。管弦楽曲。ソーラン節のモティーフを元にして、海、舟、漁師、魚などのイメージを表現した作品。時に荒々しく、時にやさしい北海の雄大な表情を音化。北大交響楽団により何度も演奏され、2000年11月の北海道交響楽団ヨーロッパ公演ではアムステルダム、パリでも演奏された。 虹と雪のバラード : 1971年編曲。1972年札幌オリンピックのテーマソングとして作曲されたものをアレンジしている。 交響詩岩見沢 : 1973年作曲。北海道岩見沢市の開基90年、市制30周年を祝して作られた。 (川越守 – Wikipedia

「市民の歌」(しみんのうた)は日本の政令指定都市の1市で、北海道の道庁所在地である札幌市の市歌。作詞・能條伸樹、作曲・川越守、補佐・西田直道。 表題は「札幌市民の歌」でなく、自治体名を含まない「市民の歌」が正式名称である。 (市民の歌 (札幌市) – Wikipedia)

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市民の歌 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

川越守 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

Mamoru Kawagoe の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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1897年(明治30年)5月15日 屯田兵の野付牛村開庁 (北海道北見市)

1897年(明治30年)5月15日 屯田兵の野付牛村開庁 (北海道北見市)

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北見の開拓史に新事実 2019/11/12掲載(北見市/歴史) 屯田兵の野付牛村開庁「1897年5月15日」 北見・68歳男性 / 北見市在住の元北見市職員・68歳男性が北見の屯田兵の歴史を調査し、野付牛村(北見市)に第四大隊本部、野付牛村と湧別村に中隊本部が開庁されたのは1897(明治30)年5月15日だったとした。公文書を確認したことによるもので『北見市史』にこの記載はなく、男性は「北見の屯田兵の歴史にとって、すごく重要なこと。成果をまとめて出版したい」と話している。 旧陸軍の公文書で確認…北見市史には記載なく 屯田兵の歴史にとって重要、成果を出版できたら 屯田歩兵第四大隊による雪中行軍の記録も / 屯田歩兵第四大隊本部が野付牛村に、中隊本部が野付牛村(3カ所)と湧別村(2カ所)の計5カ所に開庁された日は『北見市史』に1897(明治30)年5月としか記載がなく、何日かは不明だった。 男性は、第七師団長男爵・永山武四郎が陸軍大臣子爵・高島鞆之助に宛てた報告書で、大隊本部と中隊本部5カ所の開庁が97年5月15日と確認。 軍の命令系統の最高機関である参謀本部は当初、屯田歩兵第四大隊を野付牛村に配備する計画はなく、96年と97年に湧別村に二中隊二個を配備する予定だったことも確認した。 また、湧別への屯田兵配備について、93年12月に永山武四郎屯田兵司令官(※この年は第七師団長男爵ではなく、屯田兵司令官)が参謀総長・熾仁親王充てに報告した『明治二十八年二十九年両年ニ於ケル屯田兵移殖地』の中で、96年に二中隊を湧別村に配備し、大隊本部も根室から湧別村に移転する計画だったことを確認。 参謀本部は土地が確保されれば97年にも二中隊、都合四中隊を湧別に配備することを計画しており、北見市への配備計画はなかったとした。97、98年に北見、湧別に屯田兵配備が決定される以前に、湧別単独配備が計画されていた。?参謀本部は屯田司令官の報告をもとに95、96年の配備について陸軍省と協議するが、陸軍省は94年2月、湧別は遠く交通が不便で経費にも懸念があるとし、最終的に参謀本部は94年4月、湧別配備を取り消している。 しかし、男性は同年11月の北海道毎日新聞に、常呂原野(野付牛原野・ムカ原野)と湧別原野に屯田兵を配備するため測量が行われているとの記事を発見。 これは97、98年の配備を前提とするもので「1894年の日清戦争で8月に朝鮮半島・遼東半島を制圧、9月に平壌を陥落、また黄海海戦により制海権をほぼ掌握したことにより戦争賠償金を見込み、陸軍省は湧別の屯田兵配備にゴーサインを出したのではないか」と推測する。 また、北見に屯田兵を配備することになったのは「湧別に二中隊二個、都合四中隊を移植するほどの土地がなかったことと、北見は湧別とともに北海道庁の鉄道予定幹線に組み込まれていたこと、つまり、鉄道を軍事的に利用することが当時の参謀本部の既定路線であったことも影響しているのではないか」と推測する。 そのほか、屯田歩兵第四大隊による雪中行軍が97、98年に計2回行われ、初回(97年12月24日~98年1月9日)は三輪光儀大隊長を含む19人、2回目(2月14日~3月3日)は三輪大隊長を含む58人が旭川の永山兵村を往復した記録を確認した。 陸軍大臣に提出された雪中行軍報告書には、行軍中の日誌や参加者の氏名、積雪深度などの気象状況、駅逓での食事内容、浴場の有無、各士官らに与えられた特別任務の報告などさまざまな事項が詳細に記述されていた。 「冬季に中央道路を第七師団本部に向かう場合に必要とされる装備などに加え、おにぎりが凍ってしまって食べられなくなることへの対処法、宿泊先での食事は平素の食事より良かったため、行軍終了後に太った兵卒が多かったことなど面白いことも記載されています」と目を輝かせる。 雪中行軍の記録は膨大で四百数十コマになり「従来、湧別中隊だけで行われたとされた雪中行軍は、実は屯田歩兵第四大隊を挙げての一大事業。参加人数こそ違うが、199名が死亡した青森・弘前連隊の八甲田雪中行軍遭難事件に先立つ5年前に行われていたということです」と話している。 さらに、屯田兵を全国から海路で運んだ武陽丸と武州丸についても、「商船三井社史資料室に確認して明らかになった新事実がありました」と男性。 「私は単なる好事家。趣味の範囲で地方史を調べているが、今回の屯田歩兵第四大隊の沿革などについては、公文書などの一次資料に基づいている。今後も、確実な資料を調査し、北見市の歴史的事実を後世に残したい」と話している。(匡) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

屯田兵(とんでんへい)は、明治時代に北海道の警備と開拓にあたった兵士とその部隊である。1874年(明治7年)に制度が設けられ、翌年から実施、1904年(明治37年)に廃止された。 (屯田兵 – Wikipedia)

北見市 日本の北海道の市 / 北見市(きたみし)は、北海道オホーツク総合振興局にある市。オホーツク海沿岸から石北峠まで東西約110キロメートル (km) に広がっている。北海道(ただし、北方領土である択捉島などを除いた場合)で一番広い地方公共団体(日本国内では高山市、浜松市、日光市に続く4番目の広さ)である。 概要 / 「北見」の名の由来は、明治政府から国名を諮問された松浦武四郎が「この地を従来から北海岸と唱えてきたので北の文字を用い、カラフト島が快晴の日には見えるので、北見としてはどうか」と進言したことによる。旧北見市市制施行前の名称「野付牛」(のっけうし)は、アイヌ語の「ヌプンケシ」(野の一方の端)に由来している。 歴史 / 年表 / 明治時代 / 1897年(明治30年):北光社移民団112戸が北見に入植し、北光社農場開設。屯田兵597戸が端野・野付牛・相内・湧別に入植。網走支庁開庁。常呂村戸長役場から野付牛・生顔常村を分離し、野付牛外1箇村戸長役場設置(旧北見市の開基)。 (北見市 – Wikipedia)

関連サイト

ヌプンケシ93号 野付牛外一箇村戸長役場開庁月日は? – 北見市のホームページ

市史編さんニュース ヌプンケシ目次 | 北見市のホームページ

関連エントリ

屯田兵〜家族のみた制度と生活(北見市の歴史) – 美幌音楽人 加藤雅夫

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大相撲令和元年11月場所 (北海道北見市出身 琴紺野優紀)

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大相撲令和元年11月場所 (北海道北見市出身 琴紺野優紀)

北海道北見市出身の大相撲力士 琴紺野 優紀 (こと こんの) 西序二段四十六枚目

令和元年11月場所 取組日・取組結果 (琴紺野 優紀)
初日 令和元年11月10日(日曜日) 勝ち白星○
三日目 令和元年11月12日(火曜日) 勝ち白星○
六日目 令和元年11月15日(金曜日) 勝ち白星○
八日目 令和元年11月17日(日曜日) 負け黒星●
十日目 令和元年11月19日(火曜日) 勝ち白星○ 4勝1敗 勝ち越し
十一日目 令和元年11月20日(水曜日) 負け黒星●
千秋楽 令和元年11月24日(日曜日) 勝ち白星○ 5勝2敗

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大相撲令和元年11月場所(おおずもうれいわがんねん11がつばしょ)は、2019年11月10日から11月24日まで福岡県福岡市博多区の福岡国際センターで開催される大相撲本場所である。 (大相撲令和元年11月場所- Wikipedia)

佐渡ヶ嶽部屋(さどがたけべや)は、日本相撲協会所属で二所ノ関一門の相撲部屋。 (佐渡ヶ嶽部屋 – Wikipedia)

星取表(ほしとりひょう)とは、白と黒の記号で試合の勝敗を示した表である。勝ちを白丸(○)、負けを黒丸(●)で表し、それぞれ、白星(しろぼし)、黒星(くろぼし)と呼ぶ。 (星取表 – Wikipedia)

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琴紺野 優紀 (ことこんの ゆうき Kotokonno Yuki) – YouTube
琴紺野 優紀 (ことこんの ゆうき Kotokonno Yuki) – YouTube
琴紺野 優紀 (ことこんの ゆうき Kotokonno Yuki) – YouTube

関連サイト

琴紺野 優紀 力士情報ホームページ

大相撲「佐渡ヶ嶽部屋」入門 (2017/12/14) – 龍谷ニュース | 龍谷高等学校ホームページ

琴紺野 優紀 | 大相撲 佐渡ヶ嶽部屋ホームページ

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大相撲令和元年9月場所 (北海道北見市出身 琴紺野優紀) – 美幌音楽人 加藤雅夫

大相撲令和元年7月場所 (北海道北見市出身 琴紺野優紀) – 美幌音楽人 加藤雅夫

令和最初の大相撲夏場所 (北海道北見市の出身 琴紺野優紀) – 美幌音楽人 加藤雅夫

日本の大相撲力士 琴紺野優紀 (北海道北見市出身) – 美幌音楽人 加藤雅夫

琴紺野優紀 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

Kotokonno Yuki の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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アイヌの民族衣装展・アイヌの星 (北海道 北網圏北見文化センター)

アイヌの民族衣装展・アイヌの星 (北海道 北網圏北見文化センター)

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「アイヌの民族衣装展」 2019/11/20掲載(北見市/文化) 北網圏北見文セン特別展 民族衣装など100点展示 / 12月1日まで 撮影コーナーも / 北網圏北見文化センター主催の特別展「アイヌの民族衣装展」が、同センターで開かれている。道立北方民族博物館所蔵の民族衣装や小物類など約100点を展示している。12月1日まで。無料。 さまざまな模様の民族衣装が美術展示室の壁面にずらりと並び、室内の中央には首飾りなどが展示されている。また、民族衣装を着て写真を撮影できるコーナーも設けられている。 同センターによると、これだけの数の資料を一度に観覧できる機会は限られているといい、来場を呼び掛けている。 期間中、プラネタリウム特別番組「アイヌの星」が上映される。問い合わせはセンター(0157・23・6700)へ。(匡) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

アイヌの民族衣装展 2019/11/06掲載(北見市/告知・文化) 北網圏北見文化センター特別展 / 北網圏北見文化センター主催の特別展「アイヌの民族衣装展」が9日(土)~12月1日(日)、同センターで開かれる。道立北方民族博物館所蔵の民族衣装や道具、小物類など約100点を展示。期間中、プラネタリウム特別番組「アイヌの星」の上映や舞台公演など、多彩なイベントを実施する。 11月9日~12月1日 プラネタリウム特別番組の上映や舞台公演など多彩に / 期間中の11月15日午後7時~8時半と16日3時~4時半、劇団ムカシ玩具(東京)の役者・脚本・演出を手掛ける舞香さんと、シンガーソングライターのいわさききょうこさん(東京)による舞台「神々の謡~知里幸恵の自ら歌った謡」をプラネタリウム室で実施。 アイヌ文化の継承に尽力し、19年という短くも力強い生涯を生き抜いた知里幸恵さんを舞香さんが演じる。 また、16日午後1時~2時、同博物館の笹倉いる美学芸員が展示品を解説するギャラリートークを行う。30日午後1時~3時、小学生以上を対象にアイヌ刺繍のコースターを作るワークショップを開く。 特別展の入場は無料。プラネタリウムは観覧料が必要。舞台公演は無料で、定員は各70人。申し込みを先着順に受け付けている(15日の公演は中学生以下保護者同伴)。ギャラリートークの参加は無料で、申し込み不要。ワークショップは参加料500円で、申し込みを12日午前9時から先着順に受け付ける。 申し込み、詳細はセンター(0157・23・6700)へ。(匡) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

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アイヌの民族衣装展 | 北網圏北見文化センターのホームページ

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