- Home
- アジア カテゴリのアーカイブ
アジア カテゴリのアーカイブ
黄砂情報について
黄砂情報について
関連記事
黄砂 東アジア内陸部の乾燥地域の砂塵が、砂嵐などによって上空に巻き上げられ、地上に降り注ぐ気象現象 / 黄砂(こうさ、おうさ、黄沙とも)とは、特に中国を中心とした東アジア内陸部の砂漠または乾燥地域の砂塵が、強風を伴う砂塵嵐(砂嵐)などによって上空に巻き上げられ、春を中心に東アジアなどの広範囲に飛散し、地上に降り注ぐ気象現象。あるいは、この現象で飛散した砂自体のことである。 (黄砂 – Wikipedia)
関連サイト
都道府県別のPM2.5予報と黄砂予報 – PM2.5と黄砂の全国予報
関連エントリ
ツイッター (Twitter)
フェイスブック (Facebook)
中国武漢の肺炎・新型コロナウィルスについて
- 2020年01月25日(土) 0:00
- カテゴリ: 1000万アクセス, Facebook, Twitter, お知らせ, アジア, オホーツク, 中国, 健康・福祉, 北海道, 北海道人, 台湾, 国際, 新型コロナウイルス, 日本, 東アジア, 観光, 韓国, 香港
- この記事へのコメントはまだありません。
中国武漢の肺炎・新型コロナウィルスについて
関連記事
2019年-2020年中国武漢における肺炎の流行 / 2019年-2020年中国武漢における肺炎の流行(にせんじゅうきゅうねん―にせんにじゅうねんちゅうごくぶかんにおけるはいえんのりゅうこう)は、2019年12月以降に、中華人民共和国湖北省武漢市江漢区の華南海鮮市場(中国語: 华南海鲜市场)を中心に発生したコロナウイルスによる肺炎の流行事態である。 2019年12月30日に中国のインターネット上で現地の保健機関が作成した「原因不明の肺炎」に関する公文書が出回っていたため、多くの人が関心を寄せた。2020年1月7日、原因は新種のコロナウイルスであるとして特定され、1月9日に最初の死者が出た。1月13日、初めての中国域外の陽性事案がタイで確認された。 2020年1月20日、中国国家衛生健康委員会専門家グループ長、感染症専門家・鍾南山は院内感染により医療関係者にも感染者が出たので、人から人への感染の可能性が高いと警告し、武漢になるべく行かないように呼びかけた。1月24日から始まる旧正月の連休に伴う大規模な人の移動が予想されるので、保健機関は警戒している。 呼称 / 初期段階では原因不明であるため、「原因不明の肺炎」と呼ばれていた。2020年1月7日、香港の保健機関は「重度の新型感染性病原体呼吸器疾患」と名付けた。また、世界保健機関はウイルスを正式に「2019年の新型コロナウイルス」(2019-nCoV)と命名したため、中国側は「新型コロナウイルスの感染による肺炎」と呼ぶようになった。 2020年2月11日、世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルスの感染による疾患を「COVID-19」と命名した。 風評被害などを避けるため前述のような地名や動物名などを使うのは避けたという。同日、病原体のウイルスは国際ウイルス分類委員会(ICTV)により、「SARS-CoV-2」と名付けられた。 (2019年-2020年中国武漢における肺炎の流行 – Wikipedia)
関連サイト
新型コロナウイルスに関連した肺炎について – 北海道のホームページホームページ
新型コロナウイルスに関連した肺炎への注意について – 美幌町のホームページ
新型コロナウイルスに係る厚生労働省電話相談窓口(コールセンター)の設置について – 厚生労働省のホームページ
新型コロナウイルスに関連した肺炎について – 北海道庁のホームページ
新型コロナウイルスへの対応 日本国内では – NHKニュース
中国 武漢の肺炎 国内で初確認 武漢に渡航した男性から 厚労省 – NHKニュース
新型ウイルス肺炎 道内の対策は – NHK 北海道のニュース
関連エントリ
ツイッター (Twitter)
フェイスブック (Facebook)
2020年第7回スペシャルオリンピックス冬季ナショナルゲーム・北海道の大会
- 2020年01月19日(日) 0:51
- カテゴリ: お知らせ, アジア, オホーツク, オリンピック, スポーツ, パラリンピック, 健康・福祉, 北海道, 国際, 日本, 東アジア
- この記事へのコメントはまだありません。
2020年第7回スペシャルオリンピックス冬季ナショナルゲーム・北海道の大会
関連記事
スペシャルオリンピックス日本 スペシャルオリンピックスの日本国内での活動を推進する公益法人 / 公益財団法人スペシャルオリンピックス日本(スペシャルオリンピックスにっぽん、英語: Special Olympics Nippon Foundation、略称:SO日本)は、スペシャルオリンピックスの日本国内での活動を推進する公益法人として、スペシャルオリンピックス国際本部より認証をうけている日本本部組織である。ボランティアの育成、全国大会の開催、スペシャルオリンピックス世界大会への選手団派遣を主として行っている。 (スペシャルオリンピックス日本 – Wikipedia)
スペシャルオリンピックス 知的発達障害のある人のための競技会を開催する国際的スポーツ組織 / スペシャルオリンピックス(英語: Special Olympics、略称:SO)とは、知的発達障害のある人の自立や社会参加を目的として、日常的なスポーツプログラムや、成果の発表の場としての競技会を提供する国際的なスポーツ組織。 (スペシャルオリンピックス – Wikipedia)
関連サイト
2020年第7回スペシャルオリンピックス日本冬季ナショナルゲーム・北海道大会のホームページ
関連エントリ
スペシャルオリンピックス の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫
ツイッター (Twitter)
フェイスブック (Facebook)
北海道北見市の建築士 柴田専介 (ベトナム人のベトちゃんドクちゃん)
- 2020年01月17日(金) 0:02
- カテゴリ: 1000万アクセス, Facebook, Twitter, お知らせ, アジア, オホーツク, ベトナム, 健康・福祉, 北海道, 北見市, 国際, 日本, 日本の皇室, 東南アジア
- この記事へのコメントはまだありません。
北海道北見市の建築士 柴田専介 (ベトナム人のベトちゃんドクちゃん)
関連記事
ボランティアでベトナムへ 2019/08/03掲載(北見市/社会・本誌連載)
北見の建築士・柴田 専介さん 「子ども達の笑顔見るのが楽しみ」 / 3年ぶり7度目、小学校校舎の建築など 人ひと240度 / 北見市内の建築士・柴田専介さん(株式会社柴田組代表取締役)が、8月7日~17日にベトナムを訪問し、小学校の校舎建設などに取り組む。ベトナムでのボランティア活動は3年ぶり7度目。柴田さんは「子ども達の笑顔を見るのが楽しみ」と話している。北海道YMCAが実施する、第24回ベトナムボランティアワークの一員として、ベトナム・ベンチェ省で地元の職人らと小学校の建設を行う。同ボランティアワークは、農村開発支援の一環として、現地の人々が自立できる地域社会づくりを支援することが目的。特に子ども達の教育環境整備を進めている。柴田さんは約20年前に初参加して以来、学校建設のために何度もベトナムを訪れている。今回は「経済発展が進み、学校に行けない子は減っている。その一方で学校が足りていないのでは」との思いから参加した。現地では、学校建設のほか、養護施設の見学やベンチェ省人民委員会(市役所)の表敬訪問、ホームビジット(住民宅訪問)も行う。「どのようにベトナムが発展していっているのかや、これまでのボランティアで出会った子ども達に再会し成長を見たい」と話している。(菊) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)
連載 ベトナムボランティア体験記 (1) 2019/11/01掲載(北見市/社会・本誌連載)
北見の建築士・柴田 専介さん 小学校建設に汗 / 北見市栄町の建築士・柴田専介さん(株式会社柴田組代表取締役)がこのほど、北海道YMCAが実施する、5日間のベトナムボランティアワークに参加。ボランティアメンバーの1人として、ベトナムで小学校の校舎建設などに取り組みました。3年ぶり7度目となる、柴田さんのベトナムでの体験記を紹介します。(菊)
ベンチェ省の村で仕上げに加わる 雨季に当たるも無事期間中に完成 / ホーチミン市から約70㌔離れた場所にある、ベンチェ省の村に小学校を建てました。今回建設した小学校は、レンガ造り平屋建て。間口の長さが8㍍、奥行き8㍍、床高は0.7㍍です。外部はモルタル肌色漆喰塗りで、屋根は波型の鉄板で仕上げました。内部は壁が水色水性ペンキ、床はタイル張りで、窓が4カ所、入り口1カ所、ガラス入りスチール格子枠です。ほかに照明3カ所、扇風機2台を取り付けました。ベトナムの5~10月は雨季の時期なので、その年によって工事の進み具合が違います。これまでのボランティアワークではある程度建物が形になっている状態が多かったのですが、屋根、壁が出来上がっていなかったこともありました。今年は、最後に私達が5日間かけてきれいに仕上げました。2つのグループに分かれ、役割分担を決めます。作業中毎日のように大雨が降りますがすぐに止むので、仕事に影響はありませんでした。以前訪れた時はあまり良くない素材のタイルでしたが、今回は良いタイルで、きれいに仕上げることができました。また、高いところで作業を行うための足場ですが、以前のボランティアでは足場がなく、私が丸太の材料で作ったことがありました。しかし、今回は鉄製の足場があったので安心でした。私達日本とベトナムのボランティア、地元の職人で期間内に完成させることができました。完成した後に地元の職人さんのリーダーに、日本から持ってきた大工道具をプレゼントしました。 (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)
連載 ベトナムボランティア体験記 (2) 2019/11/04掲載(北見市/社会・本誌連載)
北見の建築士・柴田 専介さん 障がい持つ人の施設を訪問 子ども達の姿に、口では言い表せない思い ヤシの葉っぱでカゴ作りに挑戦 / ベトナム戦争の時にアメリカ軍がベトナムの森林、農村、田畑に散布した枯葉剤は7500万㍑。未だに新生児の1%が身体に何らかの障がいを持っているということでした。ベトナムに数多くある障がい児施設の一つを訪れました。枯葉剤の影響を受けたかどうかはまだ分かっていないそうですが、施設の子ども達の姿を見ると、口では言い表せない思いでした。小中学校を管理している教育委員会にも行きました。教育長に聞くと、10数年前までは学校に通えない子どもがいましたが、今では全員通うことができているそうです。夏休みは5~8月で、ココナツの収穫時期のため、子ども達は農園など、家の手伝いをしているということでした。ハンディキャップ障害者センターは、いろいろな技術を学ぶ学校で、足の不自由な方が多くいました。コンピュータ技術、英語、ビーズ製品などを製造販売しています。YMCAではビーズ製品を購入してバザーなどで販売し、売上金を国際協力募金として、幼稚園や小学校建設資金に使っています。伝統工芸村も訪問しました。ヤシの葉っぱで果物を入れるカゴを作っています。責任者のタンさんは今年280個作ったそうで、主にカンボジアに輸出しているとのこと。カゴの材料となるヤシの葉っぱは、筋があり、竹のような素材です。私も初めて挑戦し、指導を受けながらなんとか1時間かかって完成させることができました。ヤシの素材で、丈夫なカゴができるとは思いませんでした。 (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)
連載 ベトナムボランティア体験記 (完) 2019/11/06掲載(北見市/社会・本誌連載)
北見の建築士・柴田 専介さん 思いがけずドクさんと再会 / ベトナム戦争時の枯葉剤の影響で生まれた、結合双生児・ベトちゃんドクちゃんの弟のグエン・ドクさんに、今回会うことができました。幸せなひと時に / ドクさんと初めて会ったのは今から19年前、ドクさんが19歳の時でした。現在ドクさんは38歳。ベトちゃんはすでに亡くなっています。ドクさんと会ったのは今回で3回目。3年前のボランティアワークで知り合った通訳のラムさんに、以前私がドクさんと会ったことがあるとお話したら、ラムさんとドクさんが友達だったことが分かりました。ドクさんに会いたいと伝えると、ラムさんが連絡してくれ、ドクさんから一緒にお食事をしましょうと誘っていただきました。プライベートの食事会で、ドクさんは奥様と双子の子ども達の家族4人で来てくれました。現在ドクさんはベトナム外務省関係の仕事をしており、ほかに広島国際大学客員教授や特定非営利活動法人でも代表をしています。ドクさんとは、これからの日本とベトナムの友好関係、ベトナムはこれからどう変わっていくのかなど、2時間くらい話をしました。ドクさんは日本を飛び回って講演し、ベトナム戦争や平和、障がい者問題などを訴え続けています。将来は日本に住みたい、と私の耳元で小さな声で話してくれました。奥様は日本は寒いからとあまり行きたがらないそうです。世界平和を実現するために訴え続けているドクさん。以前は体調が悪くて心配されましたが、食事中はとても元気でした。ドクさん家族と一緒に食事やお話ができ、幸せなひと時を過ごせました。今回のボランティアワークでは、ドクさんにも会うことができました。このような機会を与えていただいた北海道YMCAに本当に感謝いたします。 (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)
平和訴え社会貢献するグエン・ドクさんに感銘 2020/01/08掲載(北見市/社会)
北見の柴田専介さんベトナムで3回目の対面 / 北見市栄町の建築士・柴田専介さん(㈱柴田組代表取締役)が、昨年8月に北海道YMCAが実施するベトナムボランティアワークに参加し、ベトナムで、グエン・ドクさんとの再会も果たした。「ドクちゃんとゆっくり話す時間ができて、とてもラッキーだった。貴重な時間を過ごすことができました」と充実感をにじませる。 活動は多岐に、そしてとても日本好き / ベトナムで小学校の校舎を建設するボランティアに柴田さんが参加したのは3年ぶり7回目。ボランティアワークでの体験記は、昨年帰国後に本紙で紹介し、ドクさんとの再会の様子も掲載した。柴田さんが掲載紙をSNSに上げたところ、ドクさんは柴田さんを「ワンダフル フレンド」と自身のSNSで紹介したという。ドクさんは、兄のベトさんと下半身がつながった状態で生まれた。ベトナム戦争での枯葉剤の影響の可能性が高いとして、当時日本でも大きな関心となった。1988年に分離手術が行われ、2007年に療養中だったベトさんが26歳で死去。ドクさんは2006年に結婚し、男女の双子の父親となっている。「今回のボランティアワークではやはり、ドクちゃんと会えたことが大きいですね」と柴田さんは話す。柴田さんがドクさんと初めて会ったのは、ドクさんが19歳の時。まだベトさんが亡くなる前で、場所はホーチミンの病院だった。今回は通訳の女性を通じてドクさんと3回目の対面。ドクさんの家族とともにベトナムのレストランで食事を楽しんだ。ドクさんは現在、ベトナム外務省関係の仕事をするほか、広島国際大学客員教授や特定非営利活動法人代表もしている。ドクさんと話した柴田さんは「ドクちゃんは日本にとてもお世話になったと言っており、日本がとても好きな様子だった。平和を訴え続け、社会に貢献している。素晴らしいことだと思う」と語る。また、今回の訪問で、ベトナムが変化していることを実感したそう。「最初にベトナムに行ったときには物乞いをする人が多かった。10年を経てそういう人は減り、今はすごく治安がよくなっていると感じました」。校舎建設ボランティアでは、以前は作業を子ども達が手伝うなど交流する機会があったが、今回は日程などの事情でかなわなかった。「子ども達と触れ合う機会が少なくて寂しいですね」と残念がる。最近は、日本語を勉強しているベトナムの大学生と、SNSを通じて交流をしているという。「日本にあこがれているベトナムの人が多いようで、うれしいですね」と日本とベトナムの今後の友好に期待している。(菊) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)
ベトちゃんドクちゃん 結合双生児として生まれたベトナム人 / ベトちゃんドクちゃんは、下半身がつながった結合双生児としてベトナムで産まれた兄グエン・ベト(Nguyễn Việt, 漢字: 阮越、1981年2月25日 – 2007年10月6日)、弟グエン・ドク(Nguyễn Đức, 漢字: 阮德、1981年2月25日 – )の双子の兄弟の日本語による愛称である。兄弟を指して80年代から90年代にかけて日本のマスコミなどで呼び習わされた。2人が結合双生児となったのは、ベトナム戦争時に米軍が大量に散布した枯葉剤の被害の可能性があると報道された。1988年、ベトが急性脳症となったことを契機として手術で分離した。分離後 / 分離後ドクは障害児学校から中学校に入学。中学校は中退したが職業学校でコンピュータプログラミングを学び、ツーズー病院の事務員となった。ボランティア活動も行っている。2006年12月16日、ドクはボランティア活動の際に知り合った、専門学校生のグエン・ティ・タイン・テュエン(Nguyễn Thị Thanh Tuyền / 阮氏淸泉)と結婚。このことは日本でも大きく取り上げられた。結婚式では「将来は障害者も働ける旅行会社を設立したい」と語っており、簡単な日本語を話すことができる。また、結婚後に兄ベトを引き取り、夫婦で介護していた。2009年10月25日、ドクの妻テュエンがツーズー病院で男女の双子を出産。それぞれ富士山と桜にちなみ、男児はグエン・フー・シー(Nguyễn Phú Sĩ / 阮富士)、女児はグエン・アイン・ダオ(Nguyễn Anh Đào / 阮櫻桃)と命名された。ドクは来日を重ねており、2012年8月には東北を訪れ東日本大震災で被災した障害者たちと交流した。 その後2017年3月には、ベトナムを訪問した天皇・皇后と面会している。 (ベトちゃんドクちゃん – Wikipedia)
関連エントリ
Keisuke Shibata の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫
ツイッター (Twitter)
フェイスブック (Facebook)
日本の外交官 小和田恒 (皇后雅子さまの父親)
日本の外交官 小和田恒 (皇后雅子さまの父親)
小和田恒さんと初めてお会いしたのは、北海道の札幌市内にある札幌パークホテルで開催された国際セミナーです。懇親会で小和田恒さんに「雅子さまのご懐妊おめでとうございます」とお祝いを申し上げた。そして、12月1日、雅子さまは愛子さまをご出産された。
2001年(平成13年) 3月20日、北太平洋国際情勢セミナー(アメリカ編)「ブッシュ新政権発足後の国際情勢」。国連大使経験を持ち、現在日本国際問題研究所理事長の小和田恒氏を講師にお迎えしアメリカのブッシュ新政権が今後どのように国際社会に対応してゆくのか特に北東アジアにおける日本、米中、米韓、米朝間の関係に焦点をあててセミナーを開催する。(主催・北太平洋地域研究センター)
関連記事
小和田恆 日本の外交官 / 小和田 恆(おわだ ひさし Hisashi Owada、1932年〈昭和7年〉9月18日 – )は、日本の外交官、国際法学者。外交官として、国連大使・外務事務次官を務めた。国際法学者として、第22代国際司法裁判所(ICJ)所長を務めた。天皇徳仁の皇后・雅子の父。 (小和田恆 – Wikipedia)
公益財団法人日本国際問題研究所(にほんこくさいもんだいけんきゅうしょ、英称:The Japan Institute of International Affairs, JIIA)は、中長期的な外交問題の研究を行う日本の政策シンクタンク。元外務省所管。略称国問研(こくもんけん)。 (日本国際問題研究所 – Wikipedia)
関連エントリ
天皇家の皆さま方と美幌峠(美幌町) ー 美幌音楽人 加藤雅夫
ツイッター (Twitter)
フェイスブック (Facebook)
北海道の美幌町にゆかりのある著名人を探しています
- 2020年01月16日(木) 0:00
- カテゴリ: お知らせ, アジア, オホーツク, オリンピック, スポーツ, パラリンピック, 北の富士勝昭, 北海道, 北海道人, 国際, 日本, 日本の皇室, 美幌町, 観光
- この記事へのコメントはまだありません。
北海道の美幌町にゆかりのある著名人を探しています
関連記事
美幌ゆかりの著名人教えて 2020/02/05掲載(美幌町/告知) 町が情報収集 / まちづくりにつなげる狙い / 美幌町は、美幌にゆかりがある著名人を探している。まちづくりの推進につなげる狙いで、情報提供を呼びかけている。さまざまな分野で活躍している著名人を美幌町の「人財バンク」として登録し、今後のまちづくりに役立てる狙い。現在までに、スポーツや医療、放送、産業・経済、美術・音楽など各分野の著名人60人以上をリストアップしているが、情報提供を呼びかけてさらにバンクを充実させたい考え。町は「たとえば講演会の講師など、さまざまな場面でお力を借りられたら。『こんな人を知っている』『身内がこんなことをしている』などの情報があれば寄せてほしい」と呼びかけている。問い合わせは美幌町政策担当(0152・73・1111内線299)へ。(浩) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩
美幌町にゆかりのある著名人を探しています / 美幌町では、幅広くまちづくりの推進につなげることを目的として、本町にゆかりのある様々な分野でご活躍されている方々の名簿を作成しています。なお、ご活躍の基準などはありませんので、「こんな方を知っている」、「身内がこんな活躍をしている」などいらっしゃいましたら、下記担当までご連絡ください。お問い合わせ / まちづくりグループ 政策担当 電話:0152-73-1111 (美幌町にゆかりのある著名人を探しています – 美幌町のホームページ)
美幌町 日本の北海道の町 / 美幌町(びほろちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内にある町。概要 / 町名にはアイヌ語と「ピポロ」〔石・多い〕あるいは「ペホロ」〔水・多い〕の二説があり、特定しがたいとされる[3]。 陸上自衛隊の駐屯地があり、自然が豊かで降雪や災害が少なく、空港が近いことから道外からの移住者が多いのが特徴。美幌町の有名人 / 美幌町出身の有名人 / 伊藤博明 – 文学者、専修大学教授(元・埼玉大学副学長)。高山梨沙 – スピードスケート選手。2008年(平成20年)にISUワールドカップ日本代表として中学生としては史上初めて選出された。阿部由香里 – 長野オリンピックのバイアスロン選手。久保恒造のコーチ。久保恒造 – 障害者ノルディックスキー選手。2010バンクーバーパラリンピック日本代表。2009ワールドカップ大会カナダ大会バイアスロン ショート2位。2008ジャパンパラリンピッククロスカントリースキー競技大会初出場初優勝。株式会社日立ソリューションズ所属。美幌町「栄誉賞」(2回)「特別栄誉賞」(1回)受賞。ソチパラリンピック・バイアスロン競技で銅メダル獲得。石田正子 – クロスカントリースキー選手。バンクーバーオリンピック・トリノオリンピック・ソチオリンピック日本代表。2009年ワールドカップトロンハイム大会・女子30kmクラシカル3位。JR北海道所属。美幌町「栄誉賞」「特別栄誉賞」受賞。佃咲江 – 北京オリンピック日本代表選手(自転車競技女子スプリント)。美幌町「栄誉賞」受賞。鈴木李奈 – ソチオリンピック日本代表選手(バイアスロン)。美幌町「栄誉賞」受賞。藤村祥子 – ソチオリンピック日本代表選手(スピードスケート)。美幌町「栄誉賞」受賞。北の富士勝昭 – 力士(第52代横綱) 木村章司 – ボクサー 美幌町「栄誉賞」受賞。岡沢吉夫 – スキー選手、陸上選手、八王子市議会議員、全日本スキー連盟理事。日本初の常設スキー学校開設者、全日本スキー連盟(SAJ)公認スキー学校の起案者。鶴丸俊明 – 考古学者、札幌学院大学学長 。山口昌男 – 文化人類学者、元札幌大学学長。戦後、美幌町に疎開中の藁科雅美(音楽評論家、1950年第1回美幌町文化賞受賞)から英語の個人指導を受ける。内藤克 -北海道放送アナウンサー。Sepia’n Roses – ミュージシャン(メンバー4人中3人が美幌町出身)。松本亨 – 英語教育家、改革派教会教職。戦前に14年間アメリカに留学し、戦後NHKラジオ第2「英語会話」の講師を22年間務めた。美幌町ゆかりの有名人 / 円舘金 – 美幌町在住の天文学愛好家(小惑星ハンター)。岩手県岩泉町出身。藁科雅美 – 音楽評論家、毎日放送音楽ディレクター、訳書「バーンスタイン物語」など。戦後、美幌町に疎開し町民の文化向上に貢献する(1950年第1回美幌町文化賞受賞)。山口昌男に英語を個人指導、團伊玖磨に美幌農業高校校歌作曲を依頼(1952年)、武満徹に美幌町町歌作曲を依頼(1953年)。美ち奴(みちやっこ、本名:久保染子) – 日本の女性歌手、1937年美幌開基五十年を記念して制定された「美幌小唄 (作詞:大塚郷湖、作曲:須藤五郎)」を歌い、また、美幌観光協会の依頼により「美幌観光音頭 (作詞:大塚郷湖、作曲:松田喜一、唄:美ち奴)」は、帝蓄レコード(テイチクレコード)でレコード化された。宮嶋龍雄-小樽出身1954・1955冬季国体スキージャンプで優勝、兄は1936独ガルミッシュ・パルテンキルフェンオリンピックの日本代表宮嶋巌。クッシーブームの時には観光課長を務める。須藤五郎 ー 日本の音楽家。開基50年記念歌 美幌町町歌 ー 1937年(昭和12年)制定、作詞 大塚郷湖、作曲 須藤五郎、歌手 塩まさる。開基50年記念歌 美幌小唄 ー 1937年(昭和12年)制定、作詞 大塚郷湖、作曲 須藤五郎、歌手 美ち奴。湯浅譲二 ー 日本の作曲家。美幌病院歌または看護学校歌を作曲した。その他 / 名古屋市東山動物園と交流がある。同動物園で飼育されていた世界最長寿のヒグマ「美幌」(1985年、38歳没)による縁。1990年(平成2年)2月28日に円舘金が発見した小惑星4460は、発見者によって「びほろ(美幌)」と命名されている。 (美幌町 – Wikipedia)
関連サイト
美幌町 びほろちょう Bihoro Town – 美幌町のホームページ
関連エントリ
時を訪ねて クッシー伝説 (北海道新聞) – 美幌音楽人 加藤雅夫
日本の歌手 田中星児 (ネッシーとクッシーの歌) – 美幌音楽人 加藤雅夫
日本の女性歌手 浦部雅美 (北海道 美幌町出身) – 美幌音楽人 加藤雅夫
ツイッター (Twitter)
フェイスブック (Facebook)
美幌町にゆかりのある著名人 前川市治郎(クッシーとネッシーの歌)
- 2020年01月15日(水) 14:59
- カテゴリ: お知らせ, オホーツク, スコットランド, 北海道, 国際, 日本, 日本の皇室, 美幌町, 観光, 音楽
- この記事へのコメントはまだありません。
美幌町にゆかりのある著名人 前川市治郎(ビホロホテル、クッシーとネッシーの歌)
ネッシーとクッシーの歌 / ネッシーとクッシー(1976年 作詞 前川市治郎、作曲 牧野民治、編曲 前田俊明、歌手 田中星児)
関連記事
クッシーは、北海道屈斜路湖で1973年から目撃証言のある未確認生物(UMA)。有名なイギリスのネス湖に生息するネッシーに倣って名付けられた。目撃証言以外にも、湖面の波紋などが幾つかの写真にも納められているが、正体は不明とされている。 (クッシー – Wikipedia)
ネッシー 英国ネス湖に存在するとされる未確認生物 / ネッシー(英: Nessie)は、イギリス、スコットランドのネス湖で目撃されたとされる、未確認動物「ネス湖の怪獣 (the Loch Ness Monster、ロッホ・ネス・モンスター)」の通称。未確認動物の代表例として世界的に知られ、20世紀最大級のミステリーとして語られてきた。 (ネッシー – Wikipedia)
関連サイト
美幌町にゆかりのある著名人を探しています – 美幌町のホームページ
関連エントリ
ネッシーとクッシーの歌 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫
ツイッター (Twitter)
フェイスブック (Facebook)
2020年ローザンヌユースオリンピック
- 2020年01月09日(木) 0:33
- カテゴリ: お知らせ, オホーツク, オリンピック, スイス, スポーツ, 北海道, 北海道人, 北見市, 国際, 常呂, 日本, 網走市
- この記事へのコメントはまだありません。
2020年ローザンヌユースオリンピック
関連記事
冬季ユース五輪カーリング競技で銀メダル 2020/01/30掲載(北見市/スポーツ・教育) 常呂高2年 前田 拓海さん 中原 亜星さん / 日本代表として第3回冬季ユースオリンピック(9~22日、スイス・ローザンヌほか)カーリング競技に出場した、北見市常呂の前田拓海さん(常呂高校2年)と中原亜星さん(同)ら日本チームが準優勝した。帰国した2人は27日、北見市役所を訪れ、辻直孝市長に銀メダルを報告した。 混合団体で準優勝、辻市長に報告 感想と抱負述べ気持ち新たに / 18歳までの青少年を対象に競技のほか文化や教育、友情交流も目的に2012年から4年に1回開かれている。カーリングは男女各2人で構成する混合団体競技で行われ、日本代表は前田さん・中原さんの男子2人と、大麻高と札幌東高に通う高校2年の女子選手がチームを組み出場した。4人は有望な選手を組織的・計画的に育成する道のタレントアスリート発掘・育成事業で5年ほど一緒に取り組み、息が合っている。世界24カ国が参加。日本は、強豪スウェーデンやイタリアと同じ組の予選リーグを4勝1敗で決勝トーナメントに進出。準々決勝はカナダに5-4、準決勝はニュージーランドに8-4で勝利。ノルウェーとの決勝戦は延長にもつれこむ接戦となり、惜しくも4-5で準優勝だった。市長表敬で2人は「アイスホッケー場に造成した会場だったが、氷の状態は良かった」と報告。中原さんは「決勝という素晴らしい経験をこれからの競技に生かしていきたい」、前田さんは「同世代の立ち位置が見えた。世界ジュニア、世界選手権と国際舞台に再び立ってみたい」と気持ちを新たにした。辻市長は「競技人口の底辺が広がってくれることはうれしい」と2人の活躍をたたえた。(寒) 【決勝】日本 00001102-0=4 01010020-1=5 ノルウェー (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)
スケルトン競技日本代表に 2020/01/13掲載(網走市/スポーツ) スイスで開催・冬季ユース五輪 / スイス・ローザンヌで開催される第3回冬季ユースオリンピック2020男子スケルトン日本代表に、網走南ヶ丘高校の臼井貴将さん(2年)が選ばれた。同校での壮行会では、「メダルを持って帰れるよう頑張りたい」などと声を弾ませていた。
網走南ヶ丘高2年・臼井 貴将さん 長所のスタートダッシュで「メダル持ち帰りたい」 / ユース五輪は、14~18歳のユース世代を対象に4年に一度開催されるスポーツの祭典。臼井さんの出場する男子スケルトンのレースは、1月20日に行われる。スケルトンは、氷で造られたコースをそりで滑り降りタイムを競う。リュージュやボブスレーとは異なり、頭を前にして腹ばいになって乗る。ハンドルやブレーキはなく、スタートダッシュやコース取りなどが重要となる。臼井さんは大空町東藻琴出身で、スケルトンは中学時代から始めた。身長185㌢、体重85㌔で、長い手足など外国人選手にも引けを取らない体格が持ち味。「スタートダッシュが長所の一つです」(臼井さん)。今季、日本人選手のユース五輪出場枠は2人(男子スケルトン)。切符を手にするためには、予選となる8つの国際大会で高ポイントを得なければならない。予選大会の総合順位は4つの大会の合計ポイントで決まり、臼井さんは205ポイントで7位とベストテン入りし、同時にユース五輪切符を手にした。同校での壮行会では、臼井さんの所属する陸上部のメンバーら約50人から祝福と激励を受けた。陸上部主将で同じ東藻琴出身の古川周志さん(2年)は「メダルと一緒に帰ってきて」と声をかけると、互いに手を合わせて気持ちを通わせていた。臼井さんは「予選では転倒するなど失敗もあった。ユース五輪ではドイツやロシアなどの強豪選手にしっかり勝ち、メダルを持ち帰れるように頑張るので、応援よろしくお願いします」と、大舞台での活躍を誓った。(大) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)
2020年ローザンヌユースオリンピックは、2020年1月9日から1月22日に開催予定の第3回冬季ユースオリンピックである。開催候補地は2014年12月5日に決定し、2015年7月31日にマレーシア・クアラルンプールで開かれたIOC総会で開催都市がスイスのローザンヌに決定した。 (2020年ローザンヌユースオリンピック – Wikipedia)
ユースオリンピック(Youth Olympic Games、YOG)は、14歳から18歳までを対象とした国際オリンピック委員会(IOC)が主催する世界的な総合スポーツ大会。夏季大会と冬季大会のそれぞれが4年に1度開催されるが、冬季大会の開催が閏年(西暦年が4の倍数)で夏季大会がその2年後と、一般世代のオリンピック大会とは逆順になっている。ユース五輪とも言われている(オリンピックと言う言葉が商標登録されており、放映権を持たない団体は五輪と読み替えた上、最小限の報道に留めている)。 (ユースオリンピック – Wikipedia)
関連サイト
第3回ユースオリンピック冬季競技大会(2020/ローザンヌ) – JOC
関連エントリ
ツイッター (Twitter)
フェイスブック (Facebook)
中国のビデオブロガー 李子柒
中国のビデオブロガー 李子柒
関連記事
李子チー ビデオブロガー / 李 子柒(リー・ズーチー、英語: Li Ziqi)は伝統的な中国料理や生活風景をテーマとした動画を配信する中華人民共和国のビデオブロガー。WeiboやYouTubeなどのサービスで動画配信を行。動画は主に四川省綿陽市の山中を舞台に作成される。 理想的な田園生活、田舎を舞台に伝統的中国文化様式で暮らす姿から「仙女」ともあだ名される。人物 / 幼少期、李の両親は離婚しており、後に父とは死別したために李は祖父母と生活をしていた。祖父の死後、生活の為に14才で学校を中退し町で働き始めたが、2012年に祖母の看病の為に田舎暮らしを始めた。生活の為にネットショップを開設したことをきっかけに、李は動画の配信を始める。2016年3月頃から「美拍」に動画投稿を始めた。当初はまったく注目されなかったが、動画撮影チームを作成して撮影を継続し、2017年には李の作成する動画の再生回数は30億回を超え、中国内外でも著名なビデオブロガーとなった。李の動画は主に四川省綿陽市の山中を舞台とし、屋外で伝統的な手法を用いて調理する姿が撮影される。撮影に用いられる中庭には色とりどりの樹木、花、野菜などが植えられ、田園風景の美しさが切り取られる。また、セルフブランディングが重視されており、広告収入を目的としたショートタイムの宣伝動画が挿入されないことも特徴の一つである。2018年、「新传统、慢生活(新しい伝統、スローライフ)」をテーマとした食品ブランド「李子柒」を始める。この公式ショップは開始当日に2,000万元を売り上げた。2019年にはフォーブス中国版で「最新50人のオピニオンリーダー」の一人に選ばれた。 (李子チー – Wikipedia)
関連エントリ
ツイッター (Twitter)
フェイスブック (Facebook)
日本中国文化交流協会編集月刊誌・日中文化交流 (2020年1月1日 発行)
- 2020年01月07日(火) 0:24
- カテゴリ: お知らせ, アジア, オホーツク, 中国, 人民中国, 北海道, 国際, 日中文化交流, 日本, 東アジア, 美幌町
- この記事へのコメントはまだありません。
日本中国文化交流協会編集月刊誌・日中文化交流 (2020年1月1日 発行)
日本中国文化交流協会編集月刊誌「日中文化交流 No.886 2020年1月1日発行」と、人民中国雑誌社の「人民中国 2020年1月号」が送られてきました。日本と中国の皆様へご案内いたします。もし、ご関心がおありでしたら、日本中国文化交流協会へご連絡いただければ幸いです。一般財団法人 日本中国文化交流協会の会員 加藤雅夫 (北海道網走郡美幌町の音楽人 Masao Kato)
関連記事
『日中文化交流』 No.886 2020.1.1 目次 / 年頭に当って 栗原小巻 / 「日中美術展―東洋美術の未来を探る」 / 王毅国務委員兼外交部長が来日 / 日中文化交流協会 役員会開く / 親しみのある漢詩を書く〈書と文〉髙木聖雨 / 訪中にて、恩師後藤純男先生を偲ぶ / 〈絵と文〉浅野信康 / 《新年に寄せて》 日中の化学・物理分野の研究交流―36年目の日中合同シンポジウム 井口眞 / 日中の伝統芸能でつなぐ未来 奥津健太郎 / 論語と中国の新資本主義 尾﨑哲 / 文化交流がもたらす尊敬の念 川口順子 / 令和を迎え中国との邂逅 後藤洋子 / 明日への活力と思想を育む交流 絹谷幸太 / 日本の独自性という難題 中村元風 / 大連外国語大学日本語学院での交流―学生たちの意欲 薄宏 / 能楽師の奥津健太郎氏ら上海で狂言を紹介 / 日中文学シンポジウム「日中の歴史小説 作家が語る『鄭成功と長崎』」を開催 / 中国作家代表団 来日記録 / <本・評と紹介> 『音のウチ・ソト―作曲家のおしゃべり』(池辺晋一郎著) 『南京 抵抗と尊厳』(阿壠著、関根謙訳) 『日本人70名が見た 感じた 驚いた 新中国70年の変化と発展』(段躍中編) 『書と思想 歴史上の人物から見る日中書法文化』(松宮貴之著) / 報道 (『日中文化交流』誌 目次一覧 – 日本中国文化交流協会のホームページ)
一般財団法人日本中国文化交流協会(にほんちゅうごくぶんかこうりゅうきょうかい)は、日中友好7団体の一つで民間法人。 経緯 / 1956年3月23日に東京で設立された。 本部所在地 / 東京都千代田区有楽町1-10-1 有楽町ビルデング423 役員 / 会長 黑井千次 副会長・理事長 池辺晋一郎 活動 / 日本と当時まだ国交が無かった中華人民共和国との間での文化交流のための代表団を相互往来させている。また、各種展覧会や学術討議会を相互開催している。 関連項目 / 以下の4人 (日本中国文化交流協会 – Wikipedia)
関連サイト
関連エントリ
ツイッター (Twitter)
フェイスブック (Facebook)
- Home
- アジア カテゴリのアーカイブ