オホーツク文化 の検索結果: 26 件

天皇家の皆さま方と美幌峠(美幌町)

天皇明仁(Akihito) 皇后美智子(Michiko) 両陛下ご結婚50年、おめでとうございます。50年前、ご成婚パレードをNHKテレビで拝見、49年前は皇太子徳仁(ナルちゃん)誕生、47年前は日本・アジアジャンボリー(ボーイスカウト)で謁見行進。はっきりと覚えています。
天皇皇后両陛下に「努力賞と感謝状」そして「思い出」を贈ります。ありがとう!弥栄!

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観光庁メールマガジン

観光庁は、2008年10月1日に国土交通省の外局として設置され、北海道小樽市出身の本保芳明氏が初代観光庁長官に就任した。国土交通省所轄の独立行政法人国際観光振興機構は、2008年7月より「日本政府観光局(JNTO)」の通称使用を開始した。日本の政府観光局に該当する機関「国際観光振興機構」「観光庁

観光庁では、ホームページに掲載された新着情報等をはじめ、観光行政に関する情報を随時お届けします。[3月25日発表分] 観光庁メールマガジン の全文を読む

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心の糧に

心の糧になる素晴らしい音楽をすべての人々と分かちあいたい!
音楽は生きた心の財産です。それは人間だけに与えられた心の糧です。音楽を深く楽しめることは本当に幸せです。人に希望と勇気も与え、愛を育て、社会にうるおいをもたらします。
私達はよい音楽を運ぶメッセンジャーになりたい。番人にはなりたくない。心の糧となる音楽を感動をもって語るプロフェッショナルになりたい。与えるのではなく育てる人になりたい。そして誰もが価値ある音楽をおう歌し、共に楽しみ、心の文化と機械の文化の歯車が美しくかみ合うユートピアを実現したい。

bihorokato(Masao Kato) began to Twitter! http://twitter.com/bihorokato

加藤雅夫(bihorokato)はツイッター(Twitter)をはじめました! http://twitter.com/bihorokato

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美幌峠 クッシーおじさん

北のロマンー謎と伝説の湖・屈斜路湖(くっしゃろこ)

私は屈斜路湖の美しさと、クッシーとネッシーの姉妹愛をいつまでも育んでやりたい。華麗な舞を披露する白鳥とともに、クッシー物語には北国の夢とロマンがあります。遠い異国スコットランドに住むネッシーと、この道東の風土にひそむクッシーが互いに呼びあい、便りを交わしあっていることに、私は深い感動を覚える。生きとし生けるもの誰でも永遠の平和と静けさを望み安住の地を捜し求めている。だから、心ない探検者たちの追及にさらさせることがあってはならないのです。美幌町 前川市治郎  (美幌峠) (ネス湖) (オホーツク文化)

クッシーとネッシーの姉妹愛「私のクッシー物語」美幌町 前川市治郎

阿寒国立公園には、ご承知のように三つの火山湖があります。いずれも原始のままの美しさを、そのままソックリ現在に残しておりますが、またともに伝説の湖として今もなお語りつがれております。阿寒湖にはマリモの悲恋物語があります。摩周湖の火の山にまつわる哀しい話は、今年も旅する人に熱い涙を流させることでしょう。
さて、屈斜路湖には、いつ解けるともしれない深い謎に包まれた秘められた物語があるのです。
それはそれは、ずいぶん昔のことであったといいます。何千年、何万年、いいえそれどころてはないんです。もっともっと気の遠くなるほどの大昔であったといいます。そのころの地上の世界は、今より水がきれいに澄んで山にも野にも緑があふれ、その中にたくさんの動物たちが棲み、自由に平和に暮らしていたということであります。その頃のあの動物たちは、その後、永い永い年月の間にどのように進化したのでしょうか。また退化したのでしょうか。今地上に現存しているものはないといわれております。ただ時折り、深い土の中から、化石になった大きな骨格の破片が発見されては、わずかに当時を想像させるにすぎません。その時代の天上の世界も、実にすばらしかったといいます。
夜ごと夜ごとの星は、今よりももっともっと鮮やかに輝いて、そのまたたく音も地上では降るようにも聞こえたといわれております。

その星空に、女王星と呼ばれてサファイヤのようにきらめく、五つの光ぼうを放つ一際美しい星がありました。その夜も、平和に更けていよいよ華やかな夜半になろうとする時でした。突然、天体に大きな異変が起こったのです。女王星もはげしくゆれました。その振動が更に強くなった一瞬です。それまで美しく輝いていたサファイヤ色の光ぼうが二つ女王星を離れたのです。二つの子星は並んでどこかへ落ちてゆきます。どこへ行くのでしょうか。どうやら地球に向かっているようであります。そして地球に近づくと、その一つは西へ西へと流れて、現在のスコットランドのネス湖へ。もう一つは東へ東へ流れて北海道の屈斜路湖へ。ともに蒼白い光の尾をひいて、湖底深く沈んだということであります。

 

大地が大きく裂けて。その裂け目に水を湛えたような断崖に囲まれたネス湖に、間もなく怪獣の噂が流れました。人々はその怪獣を「ネッシー」と呼んで、あの星屑の化身だと思っていたそうであります。
一方、火山の陥没によってできたというわが屈斜路湖でも、やがて湖畔の人々の間に怪獣の噂がささやかれました。誰いうとなく「クッシー」と呼んで、あの星の子だと信じて疑うものはなかったといわれております。そして、この話は親から子へ、子から孫へと語りつがれていったということであります。
さて、天上の世界から湖底の生活と急変した「クッシー」は、孤独の寂しさにたえかねて、波静かな日は湖面に自分の姿をうつして見るのでした。けれども変わりはてた我が身の醜さを嘆くでもありません。このように産み落とした親を恨むでもありません。不しあわせな運命を呪うでもなく、夜ごと美しい星空を見上げては、ただひとり物思うときが多かったといいます。
何を思い、何を考えていたのでしょうか。物をいわない「クッシー」の心を、私は詩にしてみました。

    (一) 昔むかしの 大むかし
        そのまた昔の大むかし
        夜空に星が かがやいて
        二つ流れて 落ちたとさ

    (二) スコットランドの湖と
        日本の北の みずうみに
        サファイヤ色の尾ひいて
        二つ流れて 落ちたとさ

    (三) 誰から受けたこの身やら
        いつ迄生きるさだめやら
        千年ひそむ 屈斜路湖
        いつか呼名もクッシーさ 
      
               「ネッシーとクッシー」 唄 田中星児・ビクターレコード

さて、屈斜路湖をめぐる四季の移り変わりは早いものであります。四月の末なると、張りつめていた厚い氷が解けて、岸辺の水がぬるみ太古のままの草花が一斉に咲きます。その楽しさも短く、見上げる外輪山や中島が緑一色に衣をかえた夏も束の間、澄んだ湖面に月影が砕け、やがて枯葉が浮かび、間もなく白鳥が三羽、五羽と数を増してゆきます。氷の下での冬眠の時期がまたやってくるのです。
クッシーとネッシーは、いずれが姉か妹かは知るすべもありませんが、今は地球の裏と表の湖底を棲み家として、再び会うことの許されない孤独の寂しさからでしょうか。かって女王星の子として、共にきらめき合った華やかな天上の夜の懐かしさからでしょうか。互いに便りを交し合い、慰め合い、はげまし合っているのだといわれております。こころみに夜更けの屈斜路湖の空をごらんください。しきりに西へ流れる星を見ることができます。あの星は、クッシーの便りを持って遠くスコットランドのネス湖へ、そしてネッシーに届けられているのだということであります。折り返すように西風が吹いてまいります。美幌峠の笹原をサッサッと波打たせながら、湖心へ吹きおろしてゆくあの西風に、ネッシーからの返事が次ぎつぎに、届けられているのだということです。クッシーはきっと湖面に首をのばして、風音の一つも聞き漏らすまいと、聞きいっていることでしょう。このようにして星と風との便りは、摩周岳の空に暁の明星が輝くころまで、夜を徹して妹いとし、姉恋しとつづけられているのだということです。

さて、かって天上の華と、うたわれたあの女王星は、二つの小星を地球へ落として以来その光も色もあせて、今はどの星座を探しても見つけることできません。
でも、クッシーとネッシーの身を案じながら空のどこかで見守りつづけ、寂しくまたたきつづけているのだといわれております。そして、地上の人々の「ネッシーとクッシー」の唄声が聞こえますと、またたきを忘れ、目をうるませて聞き入っているのだとも、いわれております。
どうか皆さんもこの歌を唄ってやって下さい。クッシーとネッシーのために。そして今はおとろえた母星のためにも。
田中星児さんは更に唄いつづけます。 

    (四) 花よ青葉よ 月かげよ
        白鳥くれば また冬よ
        暗い湖底で 春をまつ
        ネッシーあなたはどうしてる

    (五) 西へ流れる お星さま
        私の思いを つたえてよ
        ネス湖のたよりは西風が
        吹けばくるだろ
        とどくだろう

                「ネッシーとクッシー」 唄 田中星児 ビクターレコード

二人の天文愛好家から貴重な写真を戴きました
高知県 高知市/関勉 (コメットハンター)
北海道 美幌町/円舘金 (星ドロボウ)
http://masaokato.jp/info/astronomer

北海道美幌峠(屈斜路湖)の、クッシーにまつわる話。Kusshii  クッシー   Nessie  ネッシー  

クッシーの話題が私どもの耳に入ったのは昭和47年の7月末頃だったのです。
北見市立北中学校の遠足で藻琴山(標高1,000メートル)から屈斜路湖を眺めていた生徒が、湖上を波を切って走るかなり大きな物体を発見して大騒ぎになったんです。新聞は各社がペンを揃えて怪獣発見の見出しも大きく報道しましたし、テレビもショッキングな話題として取り上げ、ある局はその後1ヶ月間も湖畔にカメラを据えつけて取材にあたったほどです。誰がつけたのかその怪獣をクッシーと呼んで近郷近在どころではなく全国的な話題として、噂の輪が拡がっていったんです。

でも私はこの話を聞いてそのまま素直に受入れることはできませんでした。然し全く否定する根拠も持ち合わせておりません。ともあれ現地へ行って聞いてみよう、あわよくばこの目で見たいものだと、湖畔へ出かけたのです。周囲57キロ、推進130メートルの屈斜路湖はほとんど原始の山や森にかこまれて南側にだけ農村がひらけ人家もまばらです。

 「今までもこんなことがあったのですか」と、この湖畔に生れ、親の拓いた土地で酪農をやっている方にきいてみました。「ええ毎年何回も怪獣は現れていたんですよ」

「なぜ今までこの話が広がらなかったんでしょう」…湖畔で一番お年寄りのおばあさんにきいてみました。そのおばあさんの両親は明治の終り頃開拓者として屈斜路コタンの近くに住んだそうです。初めての土地で生活するので頼りにするのはコタンのアイヌの人達で、魚の獲り方や、熊から身を守る方法など何でも親切に教えてくれたそうです。そして「この湖水には大昔からとても大きい恐ろしい形のヌシがいるんだ。もし見ても黙っている人にはかかってこないから騒いではだめだよ。そのことを人におしゃべりしてもならない。きっと異変が起きるのだから」と強く戒ましめられたそうです。このように見ても見ぬふり、聞いても聞かぬふりでその戒めを守っていたということです。それでも時々地震が起こってその度に、「誰かが禁を破ったのではないか、障らぬ神にたたりなしだぞ」と人々の口は更に固く閉ざされたと語って「それにしても今度の騒ぎはあまりにも大きく何事もなければね」と顔をくもらせました。

私はこのあたりが地震の多いことはかねてから知っておりました。隣町の美幌に住んで、その度にそば枕をくっていたからです。地震の原因はこのあたりの地底を千島火山脈が走っているので温泉も多く火山性の地震に揺られることも又やむを得ないと思っていたのですが、クッシーは長い間濡れぎぬをかけられていたことがわかりました。「おばあちゃん、クッシーは決して人に迷惑をかけるようなヌシではないんだよ。地震はこんなわけでこれからも時々はあるかも知れんけどそれはクッシーには関係ないんだよ。そしてクッシーは湖畔の人々にかわいがられて、いつまでも長生きしたいと一生懸命生きているんだよ」とクッシーに体する誤解を解くことに努めたんです。

私はその頃スコットランドのネス湖にすむというネッシーに関するものなら新聞、週刊誌、単行本、と何でも読んでいました。そしてネッシーに関する記録と、屈斜路湖畔できいたいろいろの人の証言とがあまりに似ていることが多いのにびっくりしました。ネッシーに関するものは1400年くらい前から残されていました。お伽ばなしの域を出ないような証言ですが様々な話が残されています。クッシーについても何か残されていないのだろうか、もしあるとすればユーカラの中にでもと思い図書館へ行きました。文字を持たなかったアイヌ民族はユーカラを唯一の伝承の方法としていたそうです。浄瑠璃や浪花節のように物語を節を付けて歌い伝えたのがユーカラだそうです。

私が読んでもわかるように解説されたぶ厚い本がありました。日高、十勝、釧路、北見など各地に伝わる話が解説されておりますが、カワウソやキツネ、クマ、フクロウ、キツツキ等にまつわるものが多くクッシーに関すると思われるものは遂に発見できませんでした。ガッカリして隣の本棚を見ると「久摺日誌」と書かれた脊表紙が見つかりました。幕臣松浦武四郎さんが北海道各地の見聞録を書いたものです。松前、石狩、十勝等につづいて釧路を起点としての見聞録が久摺日誌になっていたのです。

1850年頃です。湖畔の屈斜路コタンを足場に物知りのアイヌ人を道案内にして数日間、この附近の地理、気候、住民の生活、風俗など細かな調査の結果が記述されていました。数日間、幕府のお役人松浦のダンナ様と行を共にしたことですからもしアイヌ人が「この湖にはこのような奇怪なことがあります」と、コッソリとでも打ち明けていたなら松浦さんはきっと書きとめられたにちがいないと、丹念に読んだんですがそれらしいことは全く書かれておりませんでした。やはり湖畔の人々はクッシーのことはタブーとしていたのだと、改めて思い直したことでした。

その後も私は、何度も湖畔を訪ねては、いろいろの人に会いクッシーに関する話を聞きました。私がクッシーの資料をあつめているということがわかって、何人かの人からは写真まで戴くことができました。水面に首でしょうか脊中でしょうかその一部を現して相当のスピードを思わせる長い航跡を残して遊泳しているのがハッキリ写し出されています。何分にも3キロ、5キロの距離で咄嗟に望遠レンズも充分でないままに、シャッターを押しているのですから不鮮明はやむを得ませんが、貴重な資料として大切にしております。

その後湖畔のアマ写真家たちは我もわれもと、制度のいい望遠レンズを用意して手具脛を引いておられるということですし、観光客の中にも望遠レンズを持った方が多くなったそうです。

こうして屈斜路湖での調査と並行して、私は附近の湖水についても一度調べてみました。すぐ近くに摩周湖や阿寒湖、網走湖やサロマ湖などたくさんありますが、これらの湖に屈斜路湖のクッシーの遊泳のような現象が起きるのだろうか。もし似たようなことでもあればと調査をしたのです。然し他の湖にはそんなことは全然ないということがわかりました。

こうしたことを踏まえて「クッシー物語」を作ったのです。クッシーはこの美しい屈斜路湖を生涯安住の棲家として、湖畔の人々に愛されながら、いつまでも生きつづけたい、そして遥かなネス湖のネッシーとの便りを交し合いたいという願いだけは誤り伝えられたくないと私もまた願っております。 美幌町 前川市治郎 

(2007年 秋 美幌町 加藤雅夫)
前川
市治郎さん(ビホロホテル経営) 1907明治40年1月15日生れ、
1999平成11年1月22日死去。今年は生誕100年です。(美幌は開基120年)
前川さんは、美幌を訪れる観光客の皆様に北国の美しい自然を守り育てることの大切さ、心のふれあいの大切さを願ってクッシーとネッシー物語(冊子)を作られました。この度、前川さんの心からの願いを受け継ごうと、サイトにクッシー物語を掲載しました。そして前川夫人(85才)に承諾いただこうとしたら、すでに病気のため亡くなられていました(7月19日)。昨年初夏に訪問した時はとても元気だったのに…残念です。札幌の前川さん(長男)に事情をお話しました。そして快諾されました。本当にありがとうございます。

 

美幌のクッシーおじさん~前川さんとの思い出 
美幌音楽人 加藤雅夫

前川さんはとても静かにお話しをされる方ですが、すぐに温かい心が私を包んでしまいました。心に熱い並々ならない人を愛し、自然を愛し、平和を深く育てようとするものがあるからでしょう。それは美幌町の町風そのもののでもあるかのように一体感で迫ってきて強い印象を心に宿してくれました。クッシーとネッシーの姉妹愛「私のクッシー物語」も、前川さんの理想をすべて出し切って実現したに違いありません。これ以上の本物の物語はないと思います。

23年前の事です、前川さんは「クッシーとネッシーの歌詞を英語に直訳してみました、ちょっと聴いて見てください、だいじょうぶでしょうか?」と言って歌ってくれました。私は『だいじょうぶです!前川さんの心がちゃんと伝わりましたよ。自信もって大きな声で歌ってください』。
ネッシーの棲むネス湖(スコットランドのインバネス市)の事をもっと知りたい一心で、前川さんは努力を重ねて英語の勉強に励んでいたのです。
ある時、米国オハイオ州からやって来た留学生ジェニファー(18)を前川さん宅に連れて行きました。前川さんは英語で歓迎の挨拶をし、五大湖(スペリオル、ミシガン、ヒューロン、エリー、オンタリ)の名を言い、そしてクッシーとネッシーの歌を、大きな声で歌ったのです「ロ~ング ロング ア ゴー ロ~ング ア ゴー」と。
留学生ジェニファーの大きな目には涙が溢れていました…。

今頃、あのジェニファーは、オハイオ州の美しい川のほとり、栃ノ木に囲まれた家の中で母親として子供たちに、クッシーとネッシー物語を語り聞かせ、そして歌っていることでしょう。「long long ago long ago」と…。

次回につづく

こちらで、前川さんの肉声朗読が聴くことができます→ クッシーとネッシーの姉妹愛「私のクッシー物語」 http://masaokato.jp/2011/01/15/011505

☆ 美幌音楽人加藤雅夫のお勧めウェブサイトです 2008.4.8 
北海道  美幌峠  屈斜路湖  摩周湖   阿寒国立公園
オホーツク  知床(世界遺産)   女満別空港 オホーツク地方
East Hokkaido 東北海道 Mr.Gon Website
小惑星の名前は北海道 美幌町の円舘金 Kin Emdate (小惑星ハンター)
        
屈斜路湖物語・丸木舟 Music designer, atuy (Guitarist)
MOSHIRI  LIVE    アイヌ詞曲舞踊団モシリ 心の糧に・リンク集 No.66

宿・花ふらり オーナー 藤原多美(宝塚歌劇団花組・沙加美怜)
花ふらりミニミニコンサートについて LakeMashu(摩周湖)楽友協会

屈斜路原野ユースゲストハウス  主人 山本和之
(食べるエコロジー)鹿料理ランチレストラン屈斜路原野
☆ 山本和之さんからのメールを紹介します 2008.4.8
初めまして、美幌音楽人さん、この度は激励の言葉をいただきありがとうございます。とても嬉しく思いながら貴サイトを拝見させていただき、クッシーにもいろんな挿話があるんだと興味深く読ませていただきました。
鹿料理については、単なるレストランではなく、食べるエコロジーという考え方で運営しております。繁殖しすぎたエゾ鹿の被害はとどまるらず、私達は駆除という形でその害を防ごうとしております。
北海道庁(自然環境課)はこのエゾ鹿をただ駆除するだけはなく なんとか有効利用して人と鹿が良い形で共存できないかと模索しております。その活動に私として何かお手伝い出来ないものかと始めたのが鹿料理のレストランでした。
こちらへお越しいただく機会がございましたら是非立ち寄り下さい。季節の変わり目、風邪など召されぬようご自愛下さい。 益々のご発展お祈りしております。
屈斜路原野ユースゲストハウス  山本和之・マネージャー
url:http://www.gogogenya.com(携帯電話からもアクセス可)TEL/FAX:015-484-2609
〒088-3341北海道川上郡弟子屈町字屈斜路原野443-1
Kussyarogenya Youth Guest House (Hokkaido,Japan)
Parents: Kazuyuki Yamamoto (Mr.), Yumiko Yamamoto (Mrs.) 

☆ かずさん(屈斜路原野ユースゲストハウスだよ~ん!)
昔、サハリン・ポロナイスクで、トナカイ(カリブー)ステーキを食べました。野性味いっぱいで大変うまかった。また食べたいと思っています。エゾ鹿肉も、とても美味しいですね。トナカイの呼称は、アイヌ語ですよ。こんど、サハリン(樺太)ポロナイスク(敷香)トナカイ料理をどうぞ!そして、北方少数民族アンサンブル「メングーメ・イルガ(銀の文様)」と仲良くして来てください。ネス湖のネッシー(スコットランド・インバネス)にも会って見る?
美幌のクッシーおじさん~美幌音楽人 加藤雅夫 Guitarist, Masao Kato

☆ 食品安全について、お知らせ 
生シカ肉を介するE型肝炎ウイルス食中毒事例について
報道発表資料(2003年8月) 厚生労働省HP 
鹿肉を刺身で食べるとE型肝炎に感染するケースがあることが最近、確認されました。手当てが遅れると命に関わる危険性もあります。厚生労働省は、シカ肉の生食は避けるよう呼びかけています。また同省によると、E型肝炎ウィルスは63度・30分以上の加熱によって死滅します。くんせい料理の際もミートサーモ(温度計)を利用してこの温度を確保するなど、細心の注意を払われることをお勧めします。
☆ 社団法人エゾシカ協会HP (北海道札幌市)

☆ レラ・East Wind へようこそ
屈斜路湖畔のペンション クッシャレラ    
風の館 Information Kussha-rera
ペンションクッシャレラは、水と空気がおいしい、阿寒国立公園の屈斜路湖畔に2004年4月にオープンした、オーナーの夢がぎっしり 詰まった3室だけのプライベート感覚のペンションです。屈斜路湖とアイヌ語の風を意味する「レラ」からネーミングしました。そん なわけで、「風の舘」と呼んでください。 
風の展示室 Gallery Kussha-rera  風のたより Photo Letters Kussha-rera 
風の広場 BBS Kussha-rera       アクセス Access Map Kussha-rera
Information of KAZE no YAKATA Kussha-rera.com
"Kussha-rera" is located at the lakeside of Lake Kussharoko in
Akan national forest full of clean water and fresh air. 
Designed and planed heartily with the owner’s dream,
it opened in April 2004 as a resort inn,
and now offers only three guest rooms like a private cottage does.
The inn is named with mixing idea of "Kussha" from Lake Kussharo and
"
Rera" from Aynu language meaning "breeze".
Please call this inn
"kaze no yakata or Inn of Breeze".
*
"Aynu" is the native people who once inhabited Hokkaido.

 

北海道の道北・道東地方(オホーツク)の観光ポイントとアウトドアー、
釣りや渓流と滝巡りのガイドもあります

* 道北の釣りと旅 http://www.kitakaido.com/index.html
  北の大地北海道 ゆっくり走ろう北海道 新しい何かを発見できるかもね
* 道北の釣りと旅・別館 http://hiro239.fc2web.com/ 
* フォトギャラリー・道北の釣りと旅 http://www.kitakaido.com/album/tabi_10.html

 

北海道遺産 神秘の湖 『摩周湖』 弟子屈町(てしかがちょう) Teshikaga, Hokkaido 
* 摩周湖のライブカメラ http://www.masyuko.or.jp/livecam.html 
  摩周湖第一展望台 屈斜路ウォータースポーツ交流公園 アイヌ・コタン 
* 摩周湖のホームページ http://www.masyuko.or.jp/
* Lake Mashu Lake Kussharo Hokkaido, Japan
*  Guide MapLake Mashu Lake Kussharo http://www.masyuko.or.jp/english.html
♪ Akira FuseKirino Mashuko 霧の摩周湖
♪ 布施明(ふせ あきら)「霧の摩周湖」晴天!摩周湖ブルー(マシューブルー)と、
  オホーツクの海と空(オホーツクブルー)が見事です。
     霧の摩周湖おじさん(布施明)と、クッシーおじさん(美幌音楽人 加藤雅夫)は、 
     同年生れの誼みがあります。健康留意、がんばれ。
* ブログ/未来の風 http://blogs.yahoo.co.jp/xmanxjp77  
YouTube – 懐メロ「霧の摩周湖」 
* xmanx77 

北海道ライブカメラ H
* 北海道現風景 北海道各地のライブカメラ画像・映像
自己満足 北海道 http://jiko-hokkai.hp.infoseek.co.jp/index.html
* 北海道ライブカメラマップ/北海道内の地図表示ライブカメラ集 
北海道航空ホームページ http://www.hokkaido-koku.co.jp/index.htm
* 北海道 まるごとウォッチング 
NTT Information LIVE http://www.ilive.hokkaido.isp.ntt-east.co.jp/search.html 
* ライブカム ジャパン 北海道
LiveCam JAPAN http://orange.zero.jp/zad23743.oak/livecam
/  

屈斜路湖まつり「カムイイピリマ」開催のお知らせ 
第1回屈斜路湖まつり「カムイイピリマ~神々の耳打ち~」が2008年10月15日から11月24日まで屈斜路湖プリンスホテルガーデンの屈斜路湖畔特設野外ステージでロングラン開催されます。ステージは毎日午後8時から約40分間。
アイヌ詞曲舞踊団モシリMOSHIRI代表 シノッチャキ房恵) が北海道の先住民族・アイヌ民族の伝統的な精神と唄や踊りを神秘的に披露します。
チケットは1000円。
問合せは:屈斜路湖まつりカムイイピリマ実行委員会(015-482-2200)または、屈斜路湖プリンスホテル(015-484-2111)まで。
Kamui (カムイ) ★ 美幌音楽人 加藤雅夫のコンサート情報 


2008年9月14日、中秋の名月を愛でつつ…どこで何想い、何食べてるのかな? 
経済 株式 食欲の秋より、芸術の秋ですよ!!  渡辺タカコさん。
* 渡辺タカコのPhotoblog http://takakowatanabe.cocolog-nifty.com/photoblog/
* 経済・株式キャスター渡辺タカコのBlog日記 http://takakowatanabe.cocolog-nifty.com/blog/
* 渡辺タカコのHP http://homepage3.nifty.com/takakowatanabe/ 
* 渡辺タカコさんからの祝メール(2008年5月8日)~北海道美幌町出身・佃咲江選手(北京オリンピック日本代表選出)について~加藤雅夫のあゆみ 2008

 

網走支庁あばしりしちょう) Abashiri Subprefecture, Hokkaido 
北海道 網走支庁のホームページ 
オホーツク地域のまち~北海道網走支庁管内
* 北見市きたみ) Kitami, Hokkaido  
北見菊まつりは、全道唯一菊人形展を開催し、菊花展、フラワーロード等、全道一の伝統と規模を誇るまつりです。北見市の歌・校歌
* 網走市あばしり) Abashiri, Hokkaido  
冬のダイナミックな流氷、夏のアウトドア、山海の幸、温泉、感動的風景など多彩な魅力が網走にあります。
* 紋別市もんべつ) Monbetsu, Hokkaido 
紋別市は、都市像を「流氷を開発し心豊かで活力あるオホーツク圏の中核都市」と定め、「流氷研究国際都市構想」のもとに街づくりを進めています。
* 大空町おおぞら) Ozora, Hokkaido  
大空町は、芝桜が有名な町です。5月中旬から6月上旬にかけて、芝桜公園はピンク色のじゅうたんで覆われます。麦の収穫後に植えられるひまわりは、ビートの緑と相まってパッチワーク模様で見る人の心を和ませます。女満別空港。
* 美幌町びほろ) Bihoro, Hokkaido 
美幌町は「長生きを楽しめる町」をコンセプトに、健康で安心・安全なまちづくりを進めています。美幌町叢書・
びほろの唄(うた)100曲。武満徹(たけみつ とおる)作曲・美幌町町歌。團伊玖磨(だん いくま)作曲・美幌農業高等学校校歌。美幌町は「うたのまち」です。歌の町・美幌町
* 津別町つべつ) Tsubetsu, Hokkaido 
津別峠展望台標高947m-からの眺望は道東一とも言われ、週末やシーズンには多く観光客でにぎわいます。
* 斜里町しゃり) Shari, Hokkaido 
「みどりと人間の調和を求めて」長い間、自然を守り育む活動を続け、知床(しれとこ) Shiretoko は世界自然遺産として正式決定、リストに登録されました(2005年7月17日)。
* 清里町きよさと) Kiyosato, Hokkaido 
日本百名山の斜里岳を中心とした大自然に抱かれる清里町は、平成15年花のまちづくり日本一に選ばれました。
* 小清水町こしみず) Koshimizu, Hokkaido 
世界中のゆり100万本が13ヘクタールの敷地一面に咲き乱れる、ゆりの郷こしみず「リリーパーク」。7月下旬から見ごろです。
* 訓子府町くんねっぷ) Kunneppu, Hokkaido 
北海道農業の縮図と称されるまでに様々な農業を展開。農業関連研究施設も集積し、農業資源には事欠かない。
* 置戸町おけと) Oketo, Hokkaido 
14コースを誇る自然の変化に富んだ本格的な「おけとパークゴルフ場」158mの超ロングコースは圧巻。
* 佐呂間町さろま) Saroma, Hokkaido 
雄大なサロマ湖と緑豊かな大地。そこで育ったおいしい味覚。サロマは海と大地の恵みであふれています。
* 遠軽町えんがる) Engaru, Hokkaido 
太陽の丘えんがる公園虹のひろばでは、10ヘクタールもの広大な土地を1,000万本のコスモスが色とりどりに覆います。北海道遺産の「森林鉄道蒸気機関車雨宮21号」、世界の木のおもちゃを集めた「ちゃちゃワールド」など見どころがいっぱいです。
* 上湧別町かみゆうべつ) Kamiyubetsu, Hokkaido 
屯田兵(とんでんへい)が開拓したまち上湧別。チューリップ公園は全国的に有名で、網走管内有数の観光地となっています。*
* 湧別町ゆうべつ) Yubetsu, Hokkaido 
流氷の海オホーツクとホタテの故郷サロマ湖に挟まれた砂州「龍宮台」は四季を通じ大パノラマが楽しめます。
* 滝上町たきのうえ) Takinoue, Hokkaido 
5月上旬から6月上旬にかけて滝上公園一帯に芝ざくらが咲き誇り、10万㎡の大群落を見ることができます。
* 興部町おこっぺ) Okoppe, Hokkaido 
酪農の丘にある「モーモー城」など、生活の場が美しい風景の一端であることを証明する純酪農地帯です。
* 西興部村にしおこっぺ) Nishiokoppe, Hokkaido 
豊かな緑に映えるオレンジの建築物が建ち並ぶ西興部。4大夢施設「森夢リム」「木夢コム」「IT夢アトム」「花夢カム」へ是非お越し下さい。
* 雄武町おうむ) Omu, Hokkaido 
雄武町は、網走管内最北端に位置する漁業と酪農の町で、海浜公園、キャンプ場、温泉(ホテル日の出岬)のある「日の出岬」は、四季を通じ雄大なオホーツクの大自然が満喫できる観光スポットとなっています。
* 北海道網走支庁管内(3市15町1村)、オホーツク地域のまち。 

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50代 1997〜

1997 平成9年 50歳

* 美幌町立美幌小学校/北海道美幌町
 台湾台中市から中山国民小学音楽隊(25人)訪問、楽しい演奏交流会開催。
  訪問団長/劉活源(校長) 音楽監督/葉紅旗(笛子)

7.20~26
台中縣中山國小國樂團 25人 日本訪問
劉活源校長(團長) 葉紅旗(音樂監督) 學生 教職員 PTA
北海道友好交流音樂會演出 合作 加藤雅夫(美幌音樂人)
美幌町 美幌小學校 交流音樂會
札幌市 札幌天神山國際賓館 市民交流音樂會
七飯町 小學校 町民會館 交流音樂會
東京迪斯尼樂園參觀 台北駐日經濟文化代表處訪問 

台中縣中山國小學  台北駐日経済文化代表処(日本語)

 

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30代 1977〜

1977 昭和52年 30才

1.6 日本教育ギター連盟入会(会長 新堀寛己さん)

新堀寛己ギター講習会(専門家と学校教師)
日本ギター音楽学校(静岡県伊豆)

とてもなつかしいです。若いギタリスト:伊藤 均さん
小山 清さん「ミスターロンリー」を特訓していたね
わたしも健康的身体だったらなあ…
帰途 無情の氷雨にぬれて羽田空港へ ジャンボ機のBGM
Mr.LONELY」そして突然 熱い熱い陽光が顔面にぶっかって
来た 驚いて小窓を見ると 真白な雲海と青空の真中でたった
一つの太陽が 「元気だせよ」 と励ましていた
そうか!地上の暗雲を突き抜けると こんなにも明るい世界が
あったんだ 「元気になった」 明るい未来に向かって一歩前進だ!

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