2020 年のアーカイブ

2020年(令和2年) 1月17日(金曜日) 美幌町の配食サービス

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2020年(令和2年) 1月17日(金曜日) 美幌町の配食サービス

金曜日の宅配弁当 美幌町の気楽家(きらくや)

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配食サービス / 調理や外出(買い物)が困難な高齢者世帯・障がい者世帯へ、安否確認を兼ねて週3回、食事を届けるサービスです。 配食日 毎週月曜日・水曜日・金曜日 配達時間 午後2時30分~4時30分(配達時間の指定はできません) 利用料金 500円(課税状況により町から助成があります) 利用には、申請が必要です。 詳細は、社会福祉協議会へお問い合わせください。 (配食サービス | 美幌町社会福祉協議会のホームページ)

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美幌町配食サービス事業実施要綱

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配食サービス事業 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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北海道北見市の建築士 柴田専介 (ベトナム人のベトちゃんドクちゃん)

北海道北見市の建築士 柴田専介 (ベトナム人のベトちゃんドクちゃん)

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ボランティアでベトナムへ 2019/08/03掲載(北見市/社会・本誌連載)
北見の建築士・柴田 専介さん 「子ども達の笑顔見るのが楽しみ」 / 3年ぶり7度目、小学校校舎の建築など 人ひと240度 / 北見市内の建築士・柴田専介さん(株式会社柴田組代表取締役)が、8月7日~17日にベトナムを訪問し、小学校の校舎建設などに取り組む。ベトナムでのボランティア活動は3年ぶり7度目。柴田さんは「子ども達の笑顔を見るのが楽しみ」と話している。北海道YMCAが実施する、第24回ベトナムボランティアワークの一員として、ベトナム・ベンチェ省で地元の職人らと小学校の建設を行う。同ボランティアワークは、農村開発支援の一環として、現地の人々が自立できる地域社会づくりを支援することが目的。特に子ども達の教育環境整備を進めている。柴田さんは約20年前に初参加して以来、学校建設のために何度もベトナムを訪れている。今回は「経済発展が進み、学校に行けない子は減っている。その一方で学校が足りていないのでは」との思いから参加した。現地では、学校建設のほか、養護施設の見学やベンチェ省人民委員会(市役所)の表敬訪問、ホームビジット(住民宅訪問)も行う。「どのようにベトナムが発展していっているのかや、これまでのボランティアで出会った子ども達に再会し成長を見たい」と話している。(菊) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

連載 ベトナムボランティア体験記 (1) 2019/11/01掲載(北見市/社会・本誌連載)
北見の建築士・柴田 専介さん 小学校建設に汗 / 北見市栄町の建築士・柴田専介さん(株式会社柴田組代表取締役)がこのほど、北海道YMCAが実施する、5日間のベトナムボランティアワークに参加。ボランティアメンバーの1人として、ベトナムで小学校の校舎建設などに取り組みました。3年ぶり7度目となる、柴田さんのベトナムでの体験記を紹介します。(菊)
ベンチェ省の村で仕上げに加わる 雨季に当たるも無事期間中に完成 / ホーチミン市から約70㌔離れた場所にある、ベンチェ省の村に小学校を建てました。今回建設した小学校は、レンガ造り平屋建て。間口の長さが8㍍、奥行き8㍍、床高は0.7㍍です。外部はモルタル肌色漆喰塗りで、屋根は波型の鉄板で仕上げました。内部は壁が水色水性ペンキ、床はタイル張りで、窓が4カ所、入り口1カ所、ガラス入りスチール格子枠です。ほかに照明3カ所、扇風機2台を取り付けました。ベトナムの5~10月は雨季の時期なので、その年によって工事の進み具合が違います。これまでのボランティアワークではある程度建物が形になっている状態が多かったのですが、屋根、壁が出来上がっていなかったこともありました。今年は、最後に私達が5日間かけてきれいに仕上げました。2つのグループに分かれ、役割分担を決めます。作業中毎日のように大雨が降りますがすぐに止むので、仕事に影響はありませんでした。以前訪れた時はあまり良くない素材のタイルでしたが、今回は良いタイルで、きれいに仕上げることができました。また、高いところで作業を行うための足場ですが、以前のボランティアでは足場がなく、私が丸太の材料で作ったことがありました。しかし、今回は鉄製の足場があったので安心でした。私達日本とベトナムのボランティア、地元の職人で期間内に完成させることができました。完成した後に地元の職人さんのリーダーに、日本から持ってきた大工道具をプレゼントしました。 (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

連載 ベトナムボランティア体験記 (2) 2019/11/04掲載(北見市/社会・本誌連載)
北見の建築士・柴田 専介さん 障がい持つ人の施設を訪問 子ども達の姿に、口では言い表せない思い ヤシの葉っぱでカゴ作りに挑戦 / ベトナム戦争の時にアメリカ軍がベトナムの森林、農村、田畑に散布した枯葉剤は7500万㍑。未だに新生児の1%が身体に何らかの障がいを持っているということでした。ベトナムに数多くある障がい児施設の一つを訪れました。枯葉剤の影響を受けたかどうかはまだ分かっていないそうですが、施設の子ども達の姿を見ると、口では言い表せない思いでした。小中学校を管理している教育委員会にも行きました。教育長に聞くと、10数年前までは学校に通えない子どもがいましたが、今では全員通うことができているそうです。夏休みは5~8月で、ココナツの収穫時期のため、子ども達は農園など、家の手伝いをしているということでした。ハンディキャップ障害者センターは、いろいろな技術を学ぶ学校で、足の不自由な方が多くいました。コンピュータ技術、英語、ビーズ製品などを製造販売しています。YMCAではビーズ製品を購入してバザーなどで販売し、売上金を国際協力募金として、幼稚園や小学校建設資金に使っています。伝統工芸村も訪問しました。ヤシの葉っぱで果物を入れるカゴを作っています。責任者のタンさんは今年280個作ったそうで、主にカンボジアに輸出しているとのこと。カゴの材料となるヤシの葉っぱは、筋があり、竹のような素材です。私も初めて挑戦し、指導を受けながらなんとか1時間かかって完成させることができました。ヤシの素材で、丈夫なカゴができるとは思いませんでした。 (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

連載 ベトナムボランティア体験記 (完) 2019/11/06掲載(北見市/社会・本誌連載)
北見の建築士・柴田 専介さん 思いがけずドクさんと再会 / ベトナム戦争時の枯葉剤の影響で生まれた、結合双生児・ベトちゃんドクちゃんの弟のグエン・ドクさんに、今回会うことができました。幸せなひと時に / ドクさんと初めて会ったのは今から19年前、ドクさんが19歳の時でした。現在ドクさんは38歳。ベトちゃんはすでに亡くなっています。ドクさんと会ったのは今回で3回目。3年前のボランティアワークで知り合った通訳のラムさんに、以前私がドクさんと会ったことがあるとお話したら、ラムさんとドクさんが友達だったことが分かりました。ドクさんに会いたいと伝えると、ラムさんが連絡してくれ、ドクさんから一緒にお食事をしましょうと誘っていただきました。プライベートの食事会で、ドクさんは奥様と双子の子ども達の家族4人で来てくれました。現在ドクさんはベトナム外務省関係の仕事をしており、ほかに広島国際大学客員教授や特定非営利活動法人でも代表をしています。ドクさんとは、これからの日本とベトナムの友好関係、ベトナムはこれからどう変わっていくのかなど、2時間くらい話をしました。ドクさんは日本を飛び回って講演し、ベトナム戦争や平和、障がい者問題などを訴え続けています。将来は日本に住みたい、と私の耳元で小さな声で話してくれました。奥様は日本は寒いからとあまり行きたがらないそうです。世界平和を実現するために訴え続けているドクさん。以前は体調が悪くて心配されましたが、食事中はとても元気でした。ドクさん家族と一緒に食事やお話ができ、幸せなひと時を過ごせました。今回のボランティアワークでは、ドクさんにも会うことができました。このような機会を与えていただいた北海道YMCAに本当に感謝いたします。 (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

平和訴え社会貢献するグエン・ドクさんに感銘 2020/01/08掲載(北見市/社会)
北見の柴田専介さんベトナムで3回目の対面 / 北見市栄町の建築士・柴田専介さん(㈱柴田組代表取締役)が、昨年8月に北海道YMCAが実施するベトナムボランティアワークに参加し、ベトナムで、グエン・ドクさんとの再会も果たした。「ドクちゃんとゆっくり話す時間ができて、とてもラッキーだった。貴重な時間を過ごすことができました」と充実感をにじませる。 活動は多岐に、そしてとても日本好き / ベトナムで小学校の校舎を建設するボランティアに柴田さんが参加したのは3年ぶり7回目。ボランティアワークでの体験記は、昨年帰国後に本紙で紹介し、ドクさんとの再会の様子も掲載した。柴田さんが掲載紙をSNSに上げたところ、ドクさんは柴田さんを「ワンダフル フレンド」と自身のSNSで紹介したという。ドクさんは、兄のベトさんと下半身がつながった状態で生まれた。ベトナム戦争での枯葉剤の影響の可能性が高いとして、当時日本でも大きな関心となった。1988年に分離手術が行われ、2007年に療養中だったベトさんが26歳で死去。ドクさんは2006年に結婚し、男女の双子の父親となっている。「今回のボランティアワークではやはり、ドクちゃんと会えたことが大きいですね」と柴田さんは話す。柴田さんがドクさんと初めて会ったのは、ドクさんが19歳の時。まだベトさんが亡くなる前で、場所はホーチミンの病院だった。今回は通訳の女性を通じてドクさんと3回目の対面。ドクさんの家族とともにベトナムのレストランで食事を楽しんだ。ドクさんは現在、ベトナム外務省関係の仕事をするほか、広島国際大学客員教授や特定非営利活動法人代表もしている。ドクさんと話した柴田さんは「ドクちゃんは日本にとてもお世話になったと言っており、日本がとても好きな様子だった。平和を訴え続け、社会に貢献している。素晴らしいことだと思う」と語る。また、今回の訪問で、ベトナムが変化していることを実感したそう。「最初にベトナムに行ったときには物乞いをする人が多かった。10年を経てそういう人は減り、今はすごく治安がよくなっていると感じました」。校舎建設ボランティアでは、以前は作業を子ども達が手伝うなど交流する機会があったが、今回は日程などの事情でかなわなかった。「子ども達と触れ合う機会が少なくて寂しいですね」と残念がる。最近は、日本語を勉強しているベトナムの大学生と、SNSを通じて交流をしているという。「日本にあこがれているベトナムの人が多いようで、うれしいですね」と日本とベトナムの今後の友好に期待している。(菊) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

ベトちゃんドクちゃん 結合双生児として生まれたベトナム人 / ベトちゃんドクちゃんは、下半身がつながった結合双生児としてベトナムで産まれた兄グエン・ベト(Nguyễn Việt, 漢字: 阮越、1981年2月25日 – 2007年10月6日)、弟グエン・ドク(Nguyễn Đức, 漢字: 阮德、1981年2月25日 – )の双子の兄弟の日本語による愛称である。兄弟を指して80年代から90年代にかけて日本のマスコミなどで呼び習わされた。2人が結合双生児となったのは、ベトナム戦争時に米軍が大量に散布した枯葉剤の被害の可能性があると報道された。1988年、ベトが急性脳症となったことを契機として手術で分離した。分離後 / 分離後ドクは障害児学校から中学校に入学。中学校は中退したが職業学校でコンピュータプログラミングを学び、ツーズー病院の事務員となった。ボランティア活動も行っている。2006年12月16日、ドクはボランティア活動の際に知り合った、専門学校生のグエン・ティ・タイン・テュエン(Nguyễn Thị Thanh Tuyền / 阮氏淸泉)と結婚。このことは日本でも大きく取り上げられた。結婚式では「将来は障害者も働ける旅行会社を設立したい」と語っており、簡単な日本語を話すことができる。また、結婚後に兄ベトを引き取り、夫婦で介護していた。2009年10月25日、ドクの妻テュエンがツーズー病院で男女の双子を出産。それぞれ富士山と桜にちなみ、男児はグエン・フー・シー(Nguyễn Phú Sĩ / 阮富士)、女児はグエン・アイン・ダオ(Nguyễn Anh Đào / 阮櫻桃)と命名された。ドクは来日を重ねており、2012年8月には東北を訪れ東日本大震災で被災した障害者たちと交流した。 その後2017年3月には、ベトナムを訪問した天皇・皇后と面会している。 (ベトちゃんドクちゃん – Wikipedia)

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ベトちゃんドクちゃん の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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日本の外交官 小和田恒 (皇后雅子さまの父親)

日本の外交官 小和田恒 (皇后雅子さまの父親)

小和田恒さんと初めてお会いしたのは、北海道の札幌市内にある札幌パークホテルで開催された国際セミナーです。懇親会で小和田恒さんに「雅子さまのご懐妊おめでとうございます」とお祝いを申し上げた。そして、12月1日、雅子さまは愛子さまをご出産された。

2001年(平成13年) 3月20日、北太平洋国際情勢セミナー(アメリカ編)「ブッシュ新政権発足後の国際情勢」。国連大使経験を持ち、現在日本国際問題研究所理事長の小和田恒氏を講師にお迎えしアメリカのブッシュ新政権が今後どのように国際社会に対応してゆくのか特に北東アジアにおける日本、米中、米韓、米朝間の関係に焦点をあててセミナーを開催する。(主催・北太平洋地域研究センター)

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小和田恆 日本の外交官 / 小和田 恆(おわだ ひさし Hisashi Owada、1932年〈昭和7年〉9月18日 – )は、日本の外交官、国際法学者。外交官として、国連大使・外務事務次官を務めた。国際法学者として、第22代国際司法裁判所(ICJ)所長を務めた。天皇徳仁の皇后・雅子の父。 (小和田恆 – Wikipedia)

公益財団法人日本国際問題研究所(にほんこくさいもんだいけんきゅうしょ、英称:The Japan Institute of International Affairs, JIIA)は、中長期的な外交問題の研究を行う日本の政策シンクタンク。元外務省所管。略称国問研(こくもんけん)。 (日本国際問題研究所 – Wikipedia)

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天皇家の皆さま方と美幌峠(美幌町) ー 美幌音楽人 加藤雅夫

小和田恆 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

雅子 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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北海道の美幌町にゆかりのある著名人を探しています

北海道の美幌町にゆかりのある著名人を探しています

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美幌ゆかりの著名人教えて 2020/02/05掲載(美幌町/告知) 町が情報収集 / まちづくりにつなげる狙い / 美幌町は、美幌にゆかりがある著名人を探している。まちづくりの推進につなげる狙いで、情報提供を呼びかけている。さまざまな分野で活躍している著名人を美幌町の「人財バンク」として登録し、今後のまちづくりに役立てる狙い。現在までに、スポーツや医療、放送、産業・経済、美術・音楽など各分野の著名人60人以上をリストアップしているが、情報提供を呼びかけてさらにバンクを充実させたい考え。町は「たとえば講演会の講師など、さまざまな場面でお力を借りられたら。『こんな人を知っている』『身内がこんなことをしている』などの情報があれば寄せてほしい」と呼びかけている。問い合わせは美幌町政策担当(0152・73・1111内線299)へ。(浩) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩

美幌町にゆかりのある著名人を探しています / 美幌町では、幅広くまちづくりの推進につなげることを目的として、本町にゆかりのある様々な分野でご活躍されている方々の名簿を作成しています。なお、ご活躍の基準などはありませんので、「こんな方を知っている」、「身内がこんな活躍をしている」などいらっしゃいましたら、下記担当までご連絡ください。お問い合わせ / まちづくりグループ 政策担当 電話:0152-73-1111 (美幌町にゆかりのある著名人を探しています – 美幌町のホームページ)

美幌町 日本の北海道の町 / 美幌町(びほろちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内にある町。概要 / 町名にはアイヌ語と「ピポロ」〔石・多い〕あるいは「ペホロ」〔水・多い〕の二説があり、特定しがたいとされる[3]。 陸上自衛隊の駐屯地があり、自然が豊かで降雪や災害が少なく、空港が近いことから道外からの移住者が多いのが特徴。美幌町の有名人 / 美幌町出身の有名人 / 伊藤博明 – 文学者、専修大学教授(元・埼玉大学副学長)。高山梨沙 – スピードスケート選手。2008年(平成20年)にISUワールドカップ日本代表として中学生としては史上初めて選出された。阿部由香里 – 長野オリンピックのバイアスロン選手。久保恒造のコーチ。久保恒造 – 障害者ノルディックスキー選手。2010バンクーバーパラリンピック日本代表。2009ワールドカップ大会カナダ大会バイアスロン ショート2位。2008ジャパンパラリンピッククロスカントリースキー競技大会初出場初優勝。株式会社日立ソリューションズ所属。美幌町「栄誉賞」(2回)「特別栄誉賞」(1回)受賞。ソチパラリンピック・バイアスロン競技で銅メダル獲得。石田正子 – クロスカントリースキー選手。バンクーバーオリンピック・トリノオリンピック・ソチオリンピック日本代表。2009年ワールドカップトロンハイム大会・女子30kmクラシカル3位。JR北海道所属。美幌町「栄誉賞」「特別栄誉賞」受賞。佃咲江 – 北京オリンピック日本代表選手(自転車競技女子スプリント)。美幌町「栄誉賞」受賞。鈴木李奈 – ソチオリンピック日本代表選手(バイアスロン)。美幌町「栄誉賞」受賞。藤村祥子 – ソチオリンピック日本代表選手(スピードスケート)。美幌町「栄誉賞」受賞。北の富士勝昭 – 力士(第52代横綱) 木村章司 – ボクサー 美幌町「栄誉賞」受賞。岡沢吉夫 – スキー選手、陸上選手、八王子市議会議員、全日本スキー連盟理事。日本初の常設スキー学校開設者、全日本スキー連盟(SAJ)公認スキー学校の起案者。鶴丸俊明 – 考古学者、札幌学院大学学長 。山口昌男 – 文化人類学者、元札幌大学学長。戦後、美幌町に疎開中の藁科雅美(音楽評論家、1950年第1回美幌町文化賞受賞)から英語の個人指導を受ける。内藤克 -北海道放送アナウンサー。Sepia’n Roses – ミュージシャン(メンバー4人中3人が美幌町出身)。松本亨 – 英語教育家、改革派教会教職。戦前に14年間アメリカに留学し、戦後NHKラジオ第2「英語会話」の講師を22年間務めた。美幌町ゆかりの有名人 / 円舘金 – 美幌町在住の天文学愛好家(小惑星ハンター)。岩手県岩泉町出身。藁科雅美 – 音楽評論家、毎日放送音楽ディレクター、訳書「バーンスタイン物語」など。戦後、美幌町に疎開し町民の文化向上に貢献する(1950年第1回美幌町文化賞受賞)。山口昌男に英語を個人指導、團伊玖磨に美幌農業高校校歌作曲を依頼(1952年)、武満徹に美幌町町歌作曲を依頼(1953年)。美ち奴(みちやっこ、本名:久保染子) – 日本の女性歌手、1937年美幌開基五十年を記念して制定された「美幌小唄 (作詞:大塚郷湖、作曲:須藤五郎)」を歌い、また、美幌観光協会の依頼により「美幌観光音頭 (作詞:大塚郷湖、作曲:松田喜一、唄:美ち奴)」は、帝蓄レコード(テイチクレコード)でレコード化された。宮嶋龍雄-小樽出身1954・1955冬季国体スキージャンプで優勝、兄は1936独ガルミッシュ・パルテンキルフェンオリンピックの日本代表宮嶋巌。クッシーブームの時には観光課長を務める。須藤五郎 ー 日本の音楽家。開基50年記念歌 美幌町町歌 ー 1937年(昭和12年)制定、作詞 大塚郷湖、作曲 須藤五郎、歌手 塩まさる。開基50年記念歌 美幌小唄 ー 1937年(昭和12年)制定、作詞 大塚郷湖、作曲 須藤五郎、歌手 美ち奴。湯浅譲二 ー 日本の作曲家。美幌病院歌または看護学校歌を作曲した。その他 / 名古屋市東山動物園と交流がある。同動物園で飼育されていた世界最長寿のヒグマ「美幌」(1985年、38歳没)による縁。1990年(平成2年)2月28日に円舘金が発見した小惑星4460は、発見者によって「びほろ(美幌)」と命名されている。 (美幌町 – Wikipedia)

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時を訪ねて クッシー伝説 (北海道新聞) – 美幌音楽人 加藤雅夫

日本の歌手 田中星児 (ネッシーとクッシーの歌) – 美幌音楽人 加藤雅夫

日本の女性歌手 浦部雅美 (北海道 美幌町出身) – 美幌音楽人 加藤雅夫

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美幌町にゆかりのある著名人 前川市治郎(クッシーとネッシーの歌)

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美幌町にゆかりのある著名人 前川市治郎(ビホロホテル、クッシーとネッシーの歌)

ネッシーとクッシーの歌 / ネッシーとクッシー(1976年 作詞 前川市治郎、作曲 牧野民治、編曲 前田俊明、歌手 田中星児)

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クッシーは、北海道屈斜路湖で1973年から目撃証言のある未確認生物(UMA)。有名なイギリスのネス湖に生息するネッシーに倣って名付けられた。目撃証言以外にも、湖面の波紋などが幾つかの写真にも納められているが、正体は不明とされている。 (クッシー – Wikipedia)

ネッシー 英国ネス湖に存在するとされる未確認生物 / ネッシー(英: Nessie)は、イギリス、スコットランドのネス湖で目撃されたとされる、未確認動物「ネス湖の怪獣 (the Loch Ness Monster、ロッホ・ネス・モンスター)」の通称。未確認動物の代表例として世界的に知られ、20世紀最大級のミステリーとして語られてきた。 (ネッシー – Wikipedia)

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天皇家の皆さま方と美幌峠(美幌町)美幌音楽人 加藤雅夫

ネッシーとクッシーの歌 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

前川市治郎 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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2020年(令和2年) 1月15日(水曜日) 美幌町の配食サービス

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2020年(令和2年) 1月15日(水曜日) 美幌町の配食サービス

水曜日の宅配弁当 ㈲中島食品 | 美幌町

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北海道網走市の消された横断歩道

北海道網走市の消された横断歩道

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連載 網走 消された横断歩道 (1) 2020/01/04掲載(網走市/社会・本誌連載) 「新設せず」の方針踏まえ / 網走市大曲地区の市道・山下通線にあった押しボタン式信号機が撤去され、道道・網走港線 南中央通に移設された。伴って、押しボタン式信号機のそばに設置されていた横断歩道も消された。道などは人口減少社会を見据え、今後は信号機の新設を控え、再配置によって対応する方針という。ただ、信号機と横断歩道が〝セット撤去〟されたことについて、付近住民は「私たちはまちに見捨てられた気分です」と肩を落とす。詳細を調べてみた。=3回連載=(大)
山下通線、押しボタン信号機の移設で ■複雑な心境 / 山下通線は国道39号に平行するように通り、道路からはJR網走駅などを近くに見ることができる。今回、撤去されたのは大曲地区に設置されていた押しボタン式信号機と横断歩道だ。「警察に言えばいいのか、市役所なのか、道の機関なのか、どこに相談していいのかわからないのです」。先日、本紙網走支店を訪れた男性市民は、複雑な心境を記者に打ち明けてくれた。男性の主な悩みは、①信号機と横断歩道を利用する地域住民が撤去の議論に加われなかった②なぜ横断歩道も撤去されてしまったのか③横断歩道を改めて設置することは不可能なのか―である。【撤去の経緯】市内で利用者の少ない信号機の撤去・再配置の議論は、網走署を中心に以前から進められていた。背景には、人口減少を見据えた既存の信号機の有効活用についての議論が、全国的に本格化したことがある。同署によると、今後は同署管内において信号機の新設計画はない。ただ、市民の安全を守るため、既存の信号機の再配置を効果的に進めていく考えだ。こうした状況の中、同署は昨年12月までに、利用の少ない信号機をリストアップし、対象となる町内会単位に撤去の可否を打診、回答を得た。そして、今年10月下旬、大曲地区の撤去工事が行われ、押しボタン式信号機と横断歩道が姿を消した。
この連載は「誰が悪いのか」という犯人探しがテーマではない。人口減少社会の到来に伴って起こりうる問題の一例として、押しボタン式信号機の撤去を取り上げた。取材を通じて、様々な課題が浮かび上がった。網走において、信号機の撤去は今後も進められることは確実だ。大曲地区のケースを教訓に、網走がさらに住みよいまちになることに期待している。次回は、横断歩道も撤去された理由、再設置の可能性などについて紹介する。 (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

連載 網走 消された横断歩道 (2) 2020/01/06掲載(網走市/社会・本誌連載)
関係者の認識にズレ / 網走市大曲地区の市道・山下通線の押しボタン式信号機と横断歩道が撤去されたことについて取材を進めると、関係者(機関)相互の認識のズレを感じた。網走署や撤去対象となった町内会側に、恣意的な考えがあったようには思えなかった。ただ、撤去議論の中心に信号機と横断歩道を利用する住民が不在だったことは確かなようだ。 山下通線、押しボタン信号機の移設で 住民「横断歩道までとは…」 ■素直に反省 山下通線の押しボタン式信号機と横断歩道は、昨年10月に撤去され、信号機は道道・網走港線南中央通りに移設された。主な撤去理由は、利用者が少ないことだ。撤去を検討し、準備を進めてきた網走署。撤去後、戸惑う住民の声を聞いた本紙の取材に対して同署は「(住民には)事前にもっと詳しく説明しておけばよかったと感じている」と、率直な姿勢を示してくれた。ただ、横断歩道も一緒に撤去した理由については、歯切れが悪かった。取材した記者は、北海道警察という巨大な組織は、今回のような「小さなまちの少数市民の声」にきめ細かく反応できなかったのではないかと推測する。■再設置は可能か? 取材で集めた住民の声の大半は、「横断歩道まで撤去されるとは思わなかった」である。男性住民は「横断歩道の利用者の中には子どももいる。登下校する際、交通量の多い山下通線を横断するのは危険だ」と指摘する。大曲地区を通る市道・山下通線沿いに並ぶ住居は、道路を隔てて「天都山側」と「市街地側」に分かれる。「天都山側」の子どもが通学する際、山下通線を横断しなければ、かなり遠回りすることになってしまう。「通学する子どもを含めた住民の安全を守るために、横断歩道の再設置は不可能でしょうか?」。記者の問いに対し、同署は「交通量の多い道路だと認識している。住民の要望を踏まえ、必要であれば再び設置する方向で検討したい」との考えを示してくれた。
信号機の撤去について、網走署が対象となる町内会側に説明したことは事実だ。同署はこの時点で、住民の同意を得たと受け取ったようだ。しかし実際には、広く住民に参加を呼びかけた説明会は開催されていなかった。同署から打診を受けた町内会側を一方的に責めることも難しい。町内会役員はボランティアで任を担っており、今回のケースにおいては、限られた時間の中で住民の総意をまとめる役目は少し重いように感じた。(大) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

連載 網走 消された横断歩道 (完) 2020/01/13掲載(網走市/社会・本誌連載) 少ない歩行者 山下通線、押しボタン信号機の移設で / 市内大曲地区の市道・山下通線にあった押しボタン式信号機を撤去した理由(根拠)の一つに、網走署は「歩行者の少なさ」を挙げる。また、信号機を新設しない理由については「設置・維持費の負担」などとする。人口減少、財政難―。小さなまち網走において、この壁を乗り超えるために必要なことは、行政と市民が互いに敬意を払った上での十分な議論だと、取材を通して感じた。(大)
横断歩道なぜ消した / ■調査 / 網走署は今年8月下旬、押しボタン式信号機があった市道・山下通線の1日の交通量(車両台数)と歩行者数を調査した。登校時間や通勤時間と重なる「午前7時半~8時半」の交通量は約300台と多かった一方、歩行者は10人。1時間平均だと車両160台、歩行者は4.5人だった。この調査からは、交通量は多いものの歩行者は少ないことがわかる。同署はこうした理由からも、信号機の撤去・移設を決定した。■維持費 / はたして、信号機の〝お値段〟はいくらなのか? 押しボタン式信号機の場合(道路の両脇に1基ずつ)、「300万円から400万円ほどかかるそうで、設置にかかる工事費はこの価格に含まれてはいないそうです」(同署)。信号機の新設に係る費用は決して安価ではないようで、維持費の詳細は調べきれなかったが、「電球交換などのメンテナンス代、電気代など安くないはずです」(同署)。同署はこうした事情も踏まえ、署管内にある2基の1灯式信号機も撤去することを決めている。
山下通線は市街地と比べ交差点や信号機が少ないため、ドライバーにとっては走りやすい道路だ。大型トラックもひんぱんに行き交う。撤去された押しボタン式信号機付近の道路は勾配があり、「背の低い子どもは通行車両を発見しにくいこともあるはず」(男性住民)。記者も同感だ。信号機を新設しない―という方針は理解できる。ただ、歩行者は少ないが、交通量は多いといった今回のようなケースだと、横断歩道は残しておくべきではなかったろうか? 人口減少社会は、様々な課題を浮上させる。今回の信号機撤去はほんの一例で、記者は日々の取材の中で「高齢者宅の除雪・ごみ出し」「中学校にある部活動の廃部・休部」問題などにふれる。行政(役所、警察、学校など)、そして住民(児童や生徒、学生含む)相互による丁ねいな、時間をかけた「議論スタイルの構築」がそれらの解決策の一つだと感じた。 (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

関連サイト

網走市移動等円滑化のために必要な市道の構造に関する基準を定める条例

音響式信号機の設置場所(北見方面) – 北海道警察のホームページ

高齢者等感応式信号機の設置場所(北見方面) – 北海道警察のホームページ

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2020年(令和2年) 1月13日(月曜日) 美幌町の配食サービス

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月曜日の宅配弁当 美幌町のハローランチ鳥十

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大相撲令和2年1月場所 (北海道北見市出身 琴紺野優紀)

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北海道北見市出身の大相撲力士 琴紺野優紀 (ことこんの ゆうき)東序二段十枚目

令和2年1月場所 取組日・取組結果 (琴紺野優紀)
初日 令和2年1月12日(日曜日) 負け黒星●
四日目 令和2月1月15日(水曜日) 勝ち白星○
五日目 令和2月1月16日(木曜日) 負け黒星●
八日目 令和2月1月19日(日曜日) 負け黒星●
九日目 令和2月1月20日(月曜日) 勝ち白星○
十二日目 令和2月1月23日(木曜日) 勝ち白星○
十四日目 令和2月1月25日(土曜日) 負け黒星● 3勝4敗 負け越し

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佐渡ヶ嶽部屋(さどがたけべや)は、日本相撲協会所属で二所ノ関一門の相撲部屋。 (佐渡ヶ嶽部屋 – Wikipedia)

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わがまち期待の星 シルクスイート(さつまいも)

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連載 わがまち期待の星 2020/01/07掲載(北見市/本誌連載) しっとりなめらか「シルクスイート」 / 「さつまいも食べたい」。北見市常呂町岐阜の寺町農場・男性(32)が3年前、さつまいもを作ろうと思ったきっかけは、家族のリクエスト。さっそく作り始めたが、ものにならなかった。細くて繊維質があり過ぎて、文字通り「甘くはなかった」という。 北見市常呂の寺町農場・男性 家族のための〝幸せさつまいも〟 評判広がり、やりがいを実感 / そこでひるまないのが男性。この地方でも家庭用としてさつまいもを作っている人はいたが、本格的な作付けとなると…。植え方から管理方法まで独学で調べ、翌年再挑戦。本業の畑作と同時に「家族の喜ぶ顔をみたい」という一途で栽培した。そんな思いはそれまでなかったという。ただ、男性方ではじゃがいもを作っておらず、土を盛って高うねにする機械がない。草取りも手作業だ。つるが想像以上に絡みつき、難航した。農薬は使いたくない。すると前年より格段に量・質ともに良いものが取れた。でも一番大事なのは、保管方法だった。本州のさつまいも農家とは違い、保管のための設備・倉庫は持っていない。おいしいさつまいもを作るためには、収穫後の熟成が欠かせない。男性は、さつまいも特有のキュアリングという貯蔵方法に着目。遮光したハウスで一定の温度と高い湿度を維持し、さつまいもを眠らせ「我が子を育てるように向き合った」。そうすることで、焼きいもにした時の糖度が50度以上になった。ホクホク感が印象のさつまいもだが、シルクスイートという品種は「ねっとり、しっとり」。焼きいもに適していた。とろける感触は、まさしく上質の絹のようななめらかさ。物産まつりなどのイベント会場で試食販売し、少しずつ消費者に認めてもらっていった。母親は加工を研究し応援。手がける緑夢ファームのさくらんぼやカボチャなど手づくりジャムのラインナップに「さつまいもジャム」を加えた。人づてに寺町農場のさつまいもの評判が広がっている。地元のスーパーやホテル、網走のカフェや食堂、北見の洋菓子店やベーグル店でも採用。洋菓子ラ・ナチュレーブは「砂糖を極力加えない自然の甘味が楽しめる」とタルト風に仕立てた。上川管内美瑛町のイタリアンレストラン、上川町大雪旭ヶ丘のフレンチレストランなど有名店でも使われるようになった。本業の畑作だけでは味わえなかった「自分が作ったものが誰かの幸せになると思うと、やりがいになる」とエネルギーの源になっているそう。「我が家の“幸せさつまいも”が、誰かの幸せに」と夢みて栽培に励む。(寒) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

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