JMTSP山田貴恵さんからのアメリカ音楽療法だより

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伊賀音楽療法研究会メールマガジン11月号: カリフォルニア州のアタスカデロ州立病院(Atascadero State Hospital 司法精神病院)で働いている音楽療法士山田貴恵さんのレポート。


(写真と動画、レポートとは関係がありません)

JMTSPアメリカ音楽療法だより(59)

こんにちは。JMTSPアメリカ音楽療法だより、11月分を担当します、山田貴恵です。カリフォルニア州立病院の1つである、アタスカデロ州立病院に勤め始めて、もうすぐ2年が経とうとしています。以前に紹介されましたカリフォルニア州立病院の仲間であるコーリンガ州立病院と同じく、このアタスカデロも、司法精神病院となっています。アタスカデロに入院する患者は、全員、精神障害を患い、そして犯罪を犯しています。

音楽療法で、精神障害が治るのか、罪を悔い改めて全うに生きるのか、それは、患者自身が決めることですので、私には、答えは出せません。では音楽療法がなんの役に立つのか。おそらく、「やる気」になることが、一番の効用なのだろうと、自分なりに答えを出してみました。

精神障害というものは、いかに自分を自分自身の制御下におくか、ということが最大の問題になります。人間の脳の働き方は、存在する人の数だけ違うものなのです。誰一人として、他人とまったく同じように考え、行動する人はいません。多くの人は、自分自身の考えを持ちながらも、社会を平穏に保ち、自分が社会の中で生活していくことに十分なだけ自分をコントロールすることに問題はありません。しかし、中には、自分を思い通りにコントロールできない人がいるのです。たとえば、暴飲暴食を抑えられない人、常に他人が何を考えているかを思い怯えてしまう人、自分を責め続けてしまう人。精神障害を持っていても持っていなくても、実際、迷い悩み続ける事柄は、結構誰でも同じようなものです。ですが、そのために自らの生活に支障をきたしたり、社会生活に支障をきたしたりすることが長期間続くと、精神障害の診断が下されます。

「精神障害」という言葉は、日本語でも、英語でも、恥の感情が付きまといます。病院で一番最初にてこずるのは、患者自身が自分の病気を認識していない、もしくは、認識することを拒否することです。スタッフに反発する、薬を飲まない、グループセラピーに出席しない、他の患者と喧嘩する、などは、病院でよく見られる光景です。私の目には、精神障害者として扱われることに極力反発しているように見えます。しかし精神障害は、身体障害と同じく、一生付き合っていくものなのです。反発していては、これからの人生が困難に満ちた可能性が拡がるばかりです。

病院での治療の目的は、犯罪に手を染めることなく、独立して一人で社会生活を営むのに必要な生活力と社交術を会得して退院することです。

そこには、薬を処方箋どおりに飲み続ける判断、薬物に手を出さずに人生を楽しむ方法、自分の思考や行動の変化に気付くための知識、再発のときのための事前準備、明確な意思の疎通を図るコミュニケーション能力などが含まれます。その第一歩として、自分のとった行動により入院という結果になった、という認識が必要となるのです。

アタスカデロ州立病院の患者は、ほとんどが自分の意思に反して収容されます。騙された、と信じ込む人は、妄想の症状のある患者はもちろんのこと、そうでない患者の中にも数多くいます。自分は悪くない、自分は正しい、自分はだまされている、他の誰かが悪い。悪いやつらをやっつけろ、自分は正常だ。そう考える人々に対して、自分の行動を振り返り分析する、ということは、自分の非を認め、罪を認め、精神障害を認めることに繋がります。つまり、自分が最も避けたいものへと繋がるのです。精神障害に精通した臨床心理士や精神科医の的確な説明は、患者にとってはうっとうしいものになりかねません。実際、病棟から出ずに自室にこもって寝ているだけ、という患者も少なくないのです。

病院では、音楽療法は、ダンス療法、レクリエーション療法、アート療法、職業訓練、理学療法、作業療法、言語療法と共に、リハビリテーション療法と呼ばれる部署の中に含まれます。我々リハビリテーション療法士は、各医療チームに一人配属され、主に、余暇の時間を担当します。どのように自由な時間を楽しむか、といういかにも単純に聞こえるこの質問に、「寝る」「TVを見る」としか答えられない患者は沢山いるのです。外で体を動かすこと、何かを作ってみること、新しいものを学んでみること、そういう選択肢を提示されて初めて、彼らはその選択肢が存在することに気付くのです。

覚せい剤や飲酒におぼれてしまうひとつの原因は、他の時間のすごし方を探していないことです。麻薬もアルコールも、手に入れることは難しいことではありませんし、気分がハイになる、と誰もが知っています。周りに常用者がいればさらに簡単に手に入るでしょう。そうして、他の可能性を探す努力をする前に、すでに知っているものに飛びつく、というのは、人間の性でもあるのです。あるいは、他の可能性がある、ということすら気付かないときもあります。例えば落ち込んでいるときなど、他の気晴らしを探す努力なんかせずに、すぐ手に入って手っ取り早く気分がよくなるお酒に手を出す、とは、多くの人が経験あることと思います。

州立病院では、グループセラピーの一環として、「遊び」の時間が含まれています。スポーツ、ゲーム、トランプ、ロックバンド、絵画、合唱、陶芸、ドラム、ギター、ソフトボール、散歩、など、「楽しく健康的な」時間を生活の中に組み込む習慣をつけようと、患者の興味の矛先が向くものからスケジュールに組み込んでいきます。これらのグループは、主にリハビリテーション療法士が担当し、それぞれの技術の指導のほかに、退院後に、地域で行われているこれらの活動の見つけ方、などを指導します。年に4回ある病院内のコンサートでは、リハビリテーション療法科が主催して、音楽関連のグループに所属している患者が舞台で演奏発表をしたりと、何かイベントがあるときは、リハビリテーション療法士の出番です。

純粋に楽しみのための「遊び」のほかに、これらの「遊び」は、自分を振り返り、精神障害と向き合って生きていく方法を指導するためにも使われます。絵を書きながら自分の内面を見つめたり、音楽を聴きながら心に浮かぶことを話し合ったり、他人と即興演奏することによって社交術を学んだり、ゲームをしながら裁判に臨む準備をしたりと、リハビリテーション療法士は、「遊び」の感覚を利用して、患者の心を開いていきます。

病院内でギターを持ち歩くと、「ギター弾き!」「どこで演奏しているの?」など、患者は興味を持ってきます。音楽療法は、そこから彼らの興味を逃さずにセッションを行えます。一緒に演奏しても、楽器を教えても、歌っても、音楽をただ聞いても、なんでもありです。私のグループセッションでは、どのようなグループでも、常に音楽を用意します。音を奏でると、視線は自然と音のほうへ向き、音楽という情報は、素直に消化され、彼らの中の何らかの感情を引き出すことに成功します。

音楽を聴こうと思うとき人が掲げる理由は「気分がよくなりたい」「運動するときに体が動きやすい」「めちゃくちゃはじけたい」など、自分をもっとよい状態にしたいというものです。悲しいときに楽しい音楽を聴くと、気分はあがってきます。悲しいときに悲しい音楽を聴くのも、今は悲しんでいいんだ、と自分を肯定することができます。つまらない気分を音楽で解消する人もいます。街中を見渡せば、イヤフォンで音楽を聴いている人がたくさんいます。音楽を聞くと、ほとんどの場合、感情は高まります。時には体も動き出します。

音は、聴覚への刺激です。刺激を与えられると、脳内の神経伝達物質が活性化され、体の中を駆け巡る情報の流れが活発になります。そうすると、人間の体は動き出す準備をするのです。そこへ、音楽を使って楽しい気分になる。そうすれば、もうちょっとやってみようと思う。また音楽を楽しむ。さらにもうちょっとやってみようと思う。刺激の少ない状態、例えばずっと眠っていたり、ぼーっとしていたりすると、情報の流れが緩くなり、体は動く準備を怠ります。そうすれば当然、動きたくなくなる。動きたくない上に、グループセッションでは聞きたくないことを聴かなければならない。ベッドにもぐりこむ患者はたくさんいます。さらに動きたくなくなる。だから、音楽を通して刺激を与える。とりあえず音楽だけでも聴きにいこう、音楽を聴かせてくれるなら行ってもいい、そう思ってくれたのなら、病院での治療の一歩を踏んだ、と考えていいのではないか、と私は考えています。

精神障害の治療を受け持つ精神科医と臨床心理士、身体の健康を見守る看護士、患者と病院の外の世界をつなぐ社会福祉士、などは、精神障害や薬物中毒の説明を正確かつ的確にやってのけるはずです。どの障害にどのような症状が出るか、どのように処置すればいいか、どの薬を飲めばいいか、すべて熟知しているでしょう。どのように感情をコントロールすればいいか、どうやったら犯罪を犯さずにすむか、いくらでも説明できるのです。そのように完全に整備された病院において、リハビリテーション療法として音楽療法が持つ意味は何なのか、精神病院でインターンをしていた頃、よく考えていたのがこの疑問です。私の答えにヒントをくれたのは、大学院時代にお世話になった先輩音楽療法士の「音楽は、音を楽しむんだよ。」という言葉と、インターン時に指導してくださったスーパーバイザーの「音楽は、感情を変えられる。」という言葉でした。

音楽療法は、患者が「やる気」になるきっかけに過ぎないんだろうと思います。そして、それはとても大事なことです。誰にも、彼らを変えることはできません。インターン時代に、患者に何もしてあげられない自分の非力さに涙したこともあります。しかしそれは、他人を変えられると思っていた自分の傲慢さだと気付くのに、そう時間はかかりませんでした。結局、医療チームにできることは、患者が自分で自分の責任をとり、自分の行動を理解し、改善していく意思を育てること、それだけです。退院しても戻ってきてしまう人たちは、自分で自分をコントロールする意思を持つ前に退院してしまった人たちです。悲しい現状として突きつけられるのは、多くの患者の再入院です。

私の行うグループセッションでは、どのような目的のセッションであれ、努めて音楽を取り入れるようにしています。一緒にセッションを行うパートナーには、「音楽があると、みんな集中するみたい。」と驚かれます。楽しいことなら、誰でも集中するものです。まず楽しまなければ、続けようとも思わないでしょう。私自身、毎日音楽を使って仕事ができることを楽しんでいます。必ずしも音楽や楽しい気分が「やる気」を生み出すとは思いません。

ただ、楽しい気持ちが心に残り、どこかでそのきっかけになってくれる、とは、音楽療法士として、私の、音楽の可能性への尽きることない信頼です。 (山田貴恵)

 
[編集後記]
前回のレポートも今回のレポートも、アメリカにおける矯正医療施設や司法精神病院における音楽療法実践の報告でした。日本にいる私には、なんだか全く違う文化の中での音楽療法に思えてなりません。日本では、おそらく刑務所や司法精神病院においては、これほど体系的に音楽療法が取り入れられてはいないのではないでしょうか?アメリカにおけるこれらの犯罪者への音楽療法アプローチは、いずれ日本でも本格的に導入されてくるのでしょうか?まだまだ遠い未来の話のような気がします。

伊賀音楽療法研究会 メールマガジン編集室(三重県 伊賀市社会福祉協議会) http://www.hanzou.or.jp/music/top-page.htm

Japanese Music Therapy Students & Professinals(JMTSP)公式ホームページ http://www.geocities.jp/jmtsp2004/

JMTSPブログ http://ameblo.jp/jmtsp/

音楽療法 カテゴリのアーカイブ http://masaokato.jp/blog/music/music-therapy
 

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@bihorokato 美幌音楽人 加藤雅夫のツイート:
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3 件のコメント

  1. 網走刑務所内部を市民に初公開

    12月13日に見学会、参加希望者を募集中
     網走刑務所は12月13日(月)、開所以来初めてとなる、地域住民を対象にした施設内部の見学会を開く。裁判員制度の施行に伴う情報公開の一環で、同刑務所は「刑事施設の役割を理解する手がかりにしてほしい」と話している。

     同刑務所が地域住民に施設内部を公開するのは、明治23年に釧路監獄署網走囚徒外役所として開所以来、初めて。同制度の施行を受け、刑事施設がどのような責任を担っているのかを市民に周知する狙いだ。

     見学場所は入浴場や講堂、面会室、居室など。定員は40人で、同刑務所職員のガイドに従い、午後1時から約2時間、同刑務所を観覧する。

     警備の都合上、カメラやライターなどの持ち込み禁止など見学に制限はあるが、個人情報に触れない範囲で、同刑務所職員が見学者の質問に答える。

     同刑務所は「受刑者が、どのような場所で処遇を受け、社会復帰をめざしているのか理解してほしい」と話している。

     申し込みは同3日までに同刑務所(TEL 0152−43−3167)へ。(玲)

    伝書鳩Web 2010/11/19掲載(網走市/政治・社会・告知)

    加藤 雅夫 より 2010 年 11 月 19 日 16:35

  2. 脳卒中の厳しい後遺症に、多くの人(私も)が悩んでいます。音楽療法がいいらしいという話を聞きました。でも、30万円のオルゴールを買わないといけないのは、えせ商法。
    私は、部屋で一人、モーツアルトやバッハを聞いています。

    なりひら より 2010 年 11 月 21 日 00:37

  3. 「ミュージックセラピーです!」と言って、26万円のラジカセかウォークマンのようなものをすすめられたことがあります。えせ商法!

    なりひらさんもわたしも「身体が楽器」です。大自然のハーモニーを楽しむことができます。 北国の美幌はとても寒くなってきました。カレー風味「鍋焼きうどん」を食べています。

    加藤 雅夫 より 2010 年 11 月 21 日 01:27

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