2010年 アメリカ音楽療法だより

JMTSPは、世界各国で音楽療法を勉強、または実践している日本人学生と音楽療法士、また世界の音楽療法に興味を持つ方々の情報交換場所として設立されました。

Japanese Music Therapy Students & Professinals (JMTSP)
・ 公式ホームページ http://www.geocities.jp/jmtsp2004/
・ jmtspのブログ http://ameblo.jp/jmtsp/

JMTSPアメリカ音楽療法だより(49)

皆様、新年明けましてあめでとうございます。ミシガン州で音楽療法士をしています、サックスマン 順世(あやせ)と申します。この度、2010年第一号の記事を書かせて頂けることになり、とても光栄に思います。 今日は、私の仕事場の紹介、そこでの経験を皆さんと少しシェアさせていただきたいと思います。

私の仕事場は一軒の大きなレジデンスホームで、団体や個人からの寄付金で成り立っています。現在そこには1歳半から12歳までの計25人の子どもたちが平日寝泊りしており、多くはそこから学校にも通っています。この施設には、子どもたちがBlind and multiple impairments (視覚障害に加え重複障害) を持っており、12歳以下だという条件を満たしていれば誰でも入ることができ、さまざまな療法やデイケアを無料で受けることができます。共働きのご両親が多く、子どものお世話が十分にできなかったり、「子どもを愛しているがどう接すればいいのか分からない」という理由でここへ預けられるご家族が多いです。その他にもさまざまな理由で子どもたちがこの場所へやってきますが、週末や祝日には必ず親の元へ帰り、家族と一緒に過ごす時間を大切にしています。

ここでは、ソーシャルワーカーや看護士の他、療法士の中では作業療法士が中心に動いており一番人数も多いです。その彼らの周りで ダンス/ムーブメント療法士、音楽療法士、言語聴覚士が一人ずつ居ます。最近ではAAC(拡大・代替コミュニケーション)も取り入れられました。ここの子どもたちは全員、弱視又は全盲である上、対麻痺 、四肢麻痺 、単麻痺 、両麻痺 と度合いはさまざまですが運動麻痺をもっている子どもが多く、それに加え、重度の発達障害を持っていることがほとんどです。年齢に関係なく単語を話せる子どもたちは2.3人ほどで、「あー」や「うー」と発声する子はほとんどですが、全く声の出せない子どももいます。セッションは個人で行われ、療法士たちは、各々のゴールとセッションプランを立てます。療法士同士直接相談し合う事はあまりありませんが、全てのゴールやセッションプランはコンピューターに保存され、療法士の間で共有できるようになっているので、お互いそれらを参考にしつつ、自分のセッションをアレンジする事も可能です。私は良く作業療法士のプランを参考にする事が多く、例えば彼らが、「スプーンを持つ、食べ物を口に運ぶ」という動作を目標にしているなら、それを達成するために音楽療法では何ができるか・・という様に方法は違えど行き着く結果を同じにできるようにできる限り工夫します。

主な音楽療法のゴールは「総合的、細かい運動スキルの向上」「バランス」「発声、言語」「音楽を通してのコミュニケーション、表現」「アルファベット、数字、形 などの基礎知識」です。この施設のいい所は、1セッションの時間が決められていない事です。私が働く時間帯の間、どのような順番でも、何分でも、その日何人セッションしてもいいんです。大体一人30分を基準としていますが、ある時は1時間近く続いたり、反対に10分で終わってしまう時もあります。そのときの子どもたちの機嫌や健康状態も影響しますし、セッションの経過状況次第で変わりもします。子どもがせっかく何かを理解しはじめ、これから何かを得られるかもしれない時に、時間制限によってその機会を失ってしまうのはとても残念なことで、時間を制限されなければ焦ることなく、一つ一つのアクティビティに集中できます。その他に子どもたちが昼寝をしていたり薬の効果で意識がはっきりしていなかったりする時もセッションの時間をアレンジします。 

デイケアを含めここで働く全てのスタッフがモットー、又はルールとしている事は、「アクティブラーニング(能動的学習)」です。私たちが何をするべきか全て教えるの受動的学習だけでなく、なるべく子どもたち自身で答えを見つけ出させる事です。例えば、ギターを鳴らすために指で弦を弾くという動作を、私が子どもの手をとって常に動かして見せるのではなく、子どもが自ら興味を示し、自分の脳で考え、体に動けと信号を送り、自分で音を鳴らす事が大切だと考えます。私たちの役目は彼らに機会を与え、目標達成のために時々導く事です。結果はなかなかすぐには出ませんが、一度自分たちで理解すると次回もしっかり覚えていてくれていることが多く、徐々に楽器を見ただけで自ら動き出すようになります。その瞬間に出会えた時は療法士としても大きな達成感が得られます。 能動的学習は私たちにとって難しい課題で、このポピュレーションの子どもたちにとっても大きな挑戦だと思います。彼らの持つ学習能力に合わせて、私たちの求める結果をどのように伝え、理解してもらい、実現させるかと、毎回「あれも駄目これも駄目」と試行錯誤しながら、観察していくのは大変ですがやりがいがあります。

私がこの施設で働き始めた時は、今まで経験してきたセッションとは大きく違いとても悩みました。まず第一に、彼らの反応の無さに驚いてしまいました。話しかけてももちろん会話ができるわけが無く、歌を歌ったり音楽を聞かせてもぴくりとも動かないか、辛うじて目を動かしてくれるだけ。ほとんど私からの一方通行で、歌を一緒に歌ったり、音楽に会わせて動いたり、楽器を弾いたりといったアクティビティをしようにも、今までの方法では全く通用しない事に大混乱でした。「指を一本動かす」、「足で何かに触れる」、「声を出す」、という事から始める必要がある彼らにとっては、「歌を歌う」「楽器を弾く」という以前にもっと全てをシンプルにし、もっと基本的なことからセッションのスタイルを改める必要がありました。 セッションを重ねる内に、音楽の歌詞やメロディーが彼らにとって複雑すぎて理解されず、意味の無いものになってしまったり、与えられた情報が多すぎて集中ができなくなってしまったり(例えば、ベルを手で鳴らしている時に、良かれとおもいピアノで会わせて伴奏をしてみると、子どもはピアノの方に気を取られてしまい手を止めてしまう等)なので、もっとシンプルで基本的な要素(振動、音質、音高 等)が大切なのでは、と気づきました。それからは、ドラムを体にのせて、その振動で療法士の存在を示したり、コミュニケーションをとったり、ギターの弦を一本弾いてその振動を手に伝え自ら動かすように励ましたり、その鳴った音を繰り返し弾きアルファベットの母音を乗せ、発声の練習をしたりといったセッションに変更しました。シンプルなリズムにシンプルなメロディ、それをしばらく繰り返すうち、徐々に子どもたちが目を動かしたり、笑顔を見せたり反応を見せてくれるようになり、時々「あー」と声を出して楽器と同じ高さの音やリズムで返してきたりとほぼ一方通行だったセッションが両方通行になるようになりはじめました。ドラムをポンとたたくだけ、ベルをリリンとならすだけ、外から見たらこれは音楽療法セッションなのだろうか、と思ってしまうかもしれませんが、それが子どもたちにとって理解しやすく自発的な行動を促す事になるならそれが最善な選択なのだろうと思いました。各アクティビティに理由と目的があることが大切だと思いました。

同じ事を何度も繰り返し、目標とするスキルがもっと確かなものになってきたら、徐々にレベルを上げて音を増やしたり、伴奏をつけたりして、音楽を作りあげていきます。私が構成したアクティビティを紹介するより、彼らがその時作り上げた要素で音楽を作り上げると、ずっとセッションがやり易くなり、そのうち自然と毎回のセッションが細かく構成されたスタイルから即興スタイルに変わっていきました。「今日はこういったことをしよう」と大まかな計画を立て、それ以外は彼らのリアクション次第で、その場でアレンジ・構成していく。 私は即興が苦手で、まだまだシンプルな事しかできませんが、その子たちに合わせたセッションが作りやすくなりました。見せる反応はとても小さなものだけど、じっと観察し続けていると、彼らの方法で返事をしてくれているんだと気付きます。それは、笑顔だったり、目を動かす事だったり、指をぴくりと動かす事だったり。彼らから何をしたいか、何が好きなのか、どんな音が好きなのか言葉で尋ねる事ができない分、それらの反応を観察してそれらを参考にセッションを構成します。子どもによっては、振動がすきだったり、弦楽器が好きだったり、低い声には全然反応しないのに高い声で話すと喜んだりと本当にさまざまで、時にランダムで歌っていた歌や偶然に鳴った楽器の音が当たりだったりして、毎回ゲームをしている気分です。 

3年間彼らと一緒にセッションをしてきて、音楽は誰とでもつながりを作る事を可能にしてくれるんだなぁと心から感じました。発声やボキャブラリーの練習以外、言葉で会話をする必要が無い時は、言葉をほとんど話さず音や音楽だけで会話をします。チャイムを鳴らせば私が声や楽器で返事をする。 ドラムや弦楽器の振動でも会話が可能なんだと学びました。それに英語が苦手な私にはとても便利です(笑)音の大きさ、速さ、長さ等、音のバリエーションから分かる気持ち、それらでお互い通じ合えることを実感してとても感動しました。子どもたちが笑顔を見せたり積極的に参加してくれたり、彼らの成長を見ることができたときは彼らと音楽療法ができて本当に良かったと心から思います。まだまだ新米ですので、これからも自分の知識を広めて行きたいと思います。

大変長くなってしまいました。それでもここでお話しさせて頂いたことは、ほんの一部ですが、今回自分の仕事場とそこでの経験をこの場で皆さんとシェアできた事をとてもうれしく思います。また同じようなポピュレーションで活躍なさっている方がいらっしゃいましたら是非私もお話を伺いたいですし、こんな私でも何かの参考になるようでしたら、いつでもご連絡ください。最後まで目を通してくださって有難うございました。

サックスマン 順世 ayase51@hotmail.com

 

伊賀メルマガ編集室より

メルマガ読者の皆様、新年あけましておめでとうございます。長いもので、本メールマガジンを発行しております「伊賀音楽療法研究会」も昨年3月に結成10周年を迎え、遅ればせながら、本年1月16日に結成10周年記念講演会を開催させていただく運びとなりました。今回の編集後記には、10周年記念誌に投稿した編集長メッセージを掲載させていただきます。

 「歌声が響きあううまち」
伊賀に音楽療法の種が舞い降りたのは、平成9年2月のことでした。第12期ボランティアスクールの1講座として、当時、三重県において音楽療法を先駆的に実践されていた伊沢径世先生に認知症高齢者への援助技術の1つとして紹介していただいたのが最初でした。それから2年後の平成11年3月に伊賀音楽療法研究会が誕生しました。伊賀における音楽療法の道のりは決して順風満帆ではありませんでした。なぜなら、伊賀には音楽療法を指導できる人材が誰もいなかったからです。幸い、奈良市には音楽療法推進室があり、日本の音楽療法の最先端を走っていましたので、奈良市の実践はとても参考になるものでした。更に、インターネットを使っての情報発信、情報収集は、伊賀の山奥であっても、日本ばかりか世界の音楽療法に触れることができるツールとなりました。音楽療法のなんたるかを知るにつれ、ただピアノが弾けるとか、歌が歌えるからといって、安易にそれを音楽療法と呼ぶには抵抗がありました。音楽療法には治療的アプローチと予防的アプローチがありますが、伊賀においては、音楽療法士とは名乗らずに、ミュージックコーディネーターという独自の資格要件を設定して、予防的アプローチに重点を置いた人材育成を進めることにしました。今では、日本音楽療法学会の認定音楽療法士資格を取得したメンバーも多数誕生しましたが、予防的アプローチを基本とした報酬体系や派遣システムを確立したことは、音楽療法の裾野を広げる意味で意義があったのではないかと思います。伊賀音楽療法研究会の事務局が伊賀市社協にあるということで、民間財団からの助成を受けることや、行政からの委託事業と絡ませることができたのは、研究会が発展していく上で大きな原動力となったことはまちがいありません。アクティビティ・認知症予防教室開催事業として、年間350回もの音楽療法派遣予算を確保していることは、伊賀市として先進的な介護予防事業としての音楽療法を計画的に実施し、大いなる介護予防効果を上げていることに他なりません。伊賀市社協としても、地域福祉活動を進める上で、音楽療法が地域を元気にするための福祉教育プログラムとして、専門的かつ安定的に提供できることができるのも、伊賀音楽療法研究会の存在があってのことだと言えます。伊賀地域では、福祉施設や教育施設、または個別処遇による治療的アプローチとしての音楽療法もそのレベルを上げています。また、予防的アプローチとしての音楽療法も、ふれあい・いきいきサロンだけでなく、様々な場面で活用されています。音楽療法研究会のメンバーによる音楽療法実践は、365日、いろんなところで、高齢者や子どもたちの歌声となって響きわたっています。「音楽」は、もしかしたら、まちを変えていくことだってできるかも知れません。まさに、「音楽でまちづくり」です。これからも、伊賀音楽療法研究会の弛まぬ発展を期待しています。

伊賀音楽療法研究会メールマガジン編集室
〒518-0869 三重県伊賀市上野中町2976-1上野ふれあいプラザ3階
伊賀市社会福祉協議会 
電話番号 0595-21-5866 FAX番号 0595-26-0002
 http://www.hanzou.or.jp/music/top-page.htm

※ 関連エントリー
・ JMTSP アメリカ音楽療法だより 9月 (2009年09月17日付)

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2 件のコメント

  1. Music Therapy 音楽療法

    ♪ The Art & Science of Music Therapy (part 1)
    Music Therapy is one of twelve majors offered by Berklee whose mission is to educate, train, and develop students to excel in music as a career. Students in the Music Therapy program learn to apply music’s enormous force to improve the quality of life in individuals with special needs including children and adults with disabilities. (BerkleeCollege さんのチャンネル)

    ♪ Music Therapy: A New Perspective
    A Description of Music Therapy through quotes, pictures and song. The song is “Adiemus” by Karl Jenkins. (bmoore326 さんのチャンネル)

    ♪ 【UNITE】 Wish~大切なもの~
     http://www.vocal-unite.com/

    加藤 雅夫 より 2010 年 1 月 26 日 17:05

  2. ゲスト: MTBCYAYA さん

    IMG_0170.jpg

    名前 Yayoi Nakai
    現在地 Chicago
    自己紹介 日本で社会福祉の学位を習得。アメリカで音楽療法の学士&修士を経て現在はシカゴの芸術療法の会社で働いてます。
    I’m a board certified music therapist, & currently working at a NPO with other creative arts therapists.

    Yayoi Nakai (MTBCYAYA) on Twitter
     http://twitter.com/MTBCYAYA

    加藤 雅夫 より 2010 年 1 月 29 日 18:04

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