手作り味噌クラブ”三十路”で幕…網走婦人会館(網走女性センター)

北見・網走・オホーツクのフリーペーパー経済の伝書鳩(網走市/文化・歴史)掲載記事から: 網走の手作り味噌クラブ…発足30年の歴史に一定の成果を残し”三十路(みそじ)”で幕を下ろした。

網走の「手作り味噌クラブ」…発足30年の歴史に一定の成果“三十路”で幕

 網走の女性につくる楽しさを伝えてきた、「手作り味噌クラブ」が、発足から30年の歴史に幕を下した。市内の各コミセンなどで活動する味噌づくりグループの“先祖”的な存在で、一定の成果を残したことから終止符を打った。解散を機に、活動拠点だった網走女性センターに味噌作り道具一式を寄贈した。

つくる楽しさ、多くの女性に伝え 大型ボールなど道具を寄贈

 同クラブは昭和54年、婦人会館(現・女性センター)の春期講座の受講者が集まって発足。当時、同会館の嘱託職員が代表となり、味噌づくりの楽しさを主婦などに伝え始めた。当時の網走で、味噌を家庭で作るという意識は低かった。ほとんどが市販の味噌を利用していたが、同クラブの誕生で徐々に市民意識が変わっていった。同クラブは婦人会館を活動拠点にし、大豆を産地から一括購入するなどして“味噌作りの輪”を広げていった。手作りの魅力にとりつかれたメンバーが小グループを作り、そしてまた小グループが誕生する−という流れができるようになった。女性センターによると、ピーク時には120グループ・延べ会員千人ほどまでに膨れ上がった。現在も市内のほとんどのコミセンで味噌づくりグループが活動を続けており、「手作り味噌」はかなり市民に浸透した。

 発足から30年が経ち、各地区で活動する小グループが自立するようになったことから解散を決めた。お世話になった女性センターに感謝の気持ちを込め、大型ボールや大べらなど味噌作り道具の一式(4万円相当)を寄贈した。目録を手渡した代表は「手作りのよさ、楽しさを網走市民に伝えたかった。婦人会館まつりでのご飯支度など、たくさんの思い出を残せました」と懐かしんでいた。 (大)

経済の伝書鳩 http://denshobato.com/

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網走女性センターの問合せ・連絡先:網走市教育委員会社会教育部社会教育課管理係 〒093-0035 北海道網走市南3条西3丁目 TEL 0152-43-2905  FAX 0152-43-2906 網走市ホームページ – 網走女性センター 

美幌音楽人 加藤雅夫の思い出: 網走市・網走婦人会館(女性センター)の小谷さち女史と加藤茂(美幌町の醸造元・加藤こうじ店)について…
 昭和54年(1979年)といえば私は、網走市・網走まるせん会館や公民館(児童文化センター)そしてタカマ楽器店でギター教室を開設していました。網走婦人会館の小谷幸子さんとの出会いは30年前ですが昨日のことのように思い出すことができます。網走婦人会館にはギターコンサートのお知らせでちょっとだけ寄るつもりだったのですが小谷さんの婦人活動に対する熱心さに引き込まれて、わたしは「網走婦人のギターサークル結成」と「手作り味噌クラブ結成」のお話をさせていただきました。その後、小谷さんは美幌町・加藤こうじ店を訪問して加藤茂(父)から味噌作りのイロハを学習されたのです。
 わたしの父・加藤茂は職人気質で愛想がわるいのですが、小谷さんが味噌作り講習を終えて帰られると、父はわたしに「小谷さち女史の意気込みに感心したよ。次は、こうじ作りを学習したいから住み込み弟子にしてくれ!だって」と話してくれます。すると、私の母・加藤キミが「こうじ作りだけは、ひと月ふた月では身につかないね。こうじ屋に嫁に来て40年たっても、まだ怒られるんだから!」と言います。父母の愉しく笑う声と姿が懐かしく想い出します。

 小谷さんは横浜市在住の頃から有害な食品添加物が社会にあふれていることに心を痛め、安全で安心できる無添加の健康食品の普及に関心をもっていました。北海道・札幌市から網走市に移住した小谷さんは合唱団に参加し、合唱団メンバーの教育長夫人から「網走婦人会館を創設するので、ぜひ活動してください!」とのすすめを受けて網走婦人会館事務局長(嘱託)として活動をはじめたのです。網走婦人会館の開館は昭和53年2月10日。平成10年11月1日に網走女性センターとして改称。

 味噌を使ったことわざ、ことばに「医者に金を払うより、味噌に払え」「女房と味噌は古いほど良い」などがあります。味噌は人の心にふれるもの(イランカラプテ)です。網走の手作り味噌クラブの皆さま、これからも自然食品・健康食品をたいせつにして作る楽しみを続けてください。味噌は人生の調味料です。あなたの人生が美味しくなりますように…これが「ミソ」です。
 加藤茂・キミ(美幌町・加藤こうじ店)から、網走・北見・オホーツク地方はもとより釧路・旭川など北海道の各地に手作り味噌の楽しさを伝えられた小谷幸子さんと網走女性センターの手作り味噌クラブの皆さまへ「努力賞」と「感謝状」を贈ります。ありがとうございます。

 オホーツクの空の玄関・花と音楽の町・女満別(大空町)在住のヴァイオリニスト・小谷さち女史へ: これからは北海道・道東オホーツクブルーの海と空にヴァイオリンの美しい音色が響き渡ることを心から期待いたします。健康留意、がんばれ! (加藤雅夫) 

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味噌蔵(土蔵)の大きな味噌樽と醤油樽の写真は美幌音楽人の加藤雅夫? 父親の加藤茂(ギター・マンドリン・三味線愛好家。美幌町の醸造元・加藤こうじ店)です。 

[関連記事]
加藤雅夫のあゆみ
http://masaokato.jp/history/ad1947
加藤雅夫のウェブサイトについて
http://masaokato.jp/about

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2 件のコメント

  1. 買ってきたお惣菜よりも自分の手作りの方がおいしいですよねぇ~~
    味噌も…そうなんでしょうね…

    やーうぇん より 2009 年 10 月 25 日 18:21

  2. 北京日記のやーうぇんさん: 北京の日本語学校の生徒さんに手作り味噌ラーメン(日本拉面)をつくってやってください!

    日本味噌・中国味噌も人の心にふれるもの(イランカラプテ)です。

    味噌は人生の調味料です。日中友好の調味料です。

    「日本人・中国人の皆さまの人生が美味しくなりますように!」

    これが「友好のミソ」です。

    加藤 雅夫 より 2009 年 10 月 25 日 20:09

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