禁じられた遊び / 愛のロマンス / ナルシソ・イエペス
禁じられた遊び / 愛のロマンス / ナルシソ・イエペス
1966年、ナルシソ・イエペスの札幌公演(道新ホール)。控室で、ナルシソ・イエペスのギターを弾いた。初対面でした(美幌音楽人 加藤雅夫 19歳)。
1980年の6月、ナルシソ・イエペスの北海道札幌公演(札幌市教育文化会館)。ナルシソ・イエペス、小原安正、梶本尚靖、大塚房喜らと食事も同行、 夢のような出来事でした。ますますギターが大好きに…。
1993年の11月17日、イエペス・トリオの北海道公演(旭川市公会堂)。ナルシソ・イエペス、イエペス夫人のマリーシア、息子のイグナシオ・イエペス夫妻、娘のアナ・イエペスと楽しい食事会でした。これが、ナルシソ・イエペスとの最後のお別れになってしまいました。娘のアナ・イエペスとは今も交流が続いています。
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『禁じられた遊び』(きんじられたあそび、原題: Jeux interdits )は、1952年に公開されたフランス映画である。アカデミー賞名誉賞(後の外国語映画賞に当たる)、ヴェネツィア国際映画祭サン・マルコ金獅子賞などを受賞した。撮影の予算オーバーによりオーケストラを組むことが出来ず、劇伴は全編を通してナルシソ・イエペスがギター一本で演奏した。これにより「愛のロマンス」が世に出ることとなった。(禁じられた遊び – Wikipedia)
「愛のロマンス」(あいのロマンス)は、ギターの楽曲。起源についてはスペインの民謡とされることが多いが、19世紀後半にギターの練習用として作られたものと考えられており、実際にクラシック・ギターの練習曲の定番として広く演奏されている。作曲者についても諸説あるが、スペインのギター奏者アントニオ・ルビーラとする説が有力とされている。最初に映画で使われたのは1941年に製作されたアメリカ映画『血と砂』であるが、1952年のフランス映画『禁じられた遊び』の主題曲としてギタリストのナルシソ・イエペスが編曲・演奏したことで世界的に知られるようになった。タイトルも「Romance Anónimo(名前のないロマンス)」、「Estudio en Mi de Rubira(ルビーラによるホ調練習曲)」、「Romance de España(スパニッシュ・ロマンス)」など多数の表記が見られる。(愛のロマンス – Wikipedia)
ナルシソ・イエペス(Narciso Yepes、1927年11月14日 – 1997年5月3日)はスペインのギタリスト、作曲家。 来歴 / 1952年に、パリのカフェで映画監督のルネ・クレマンと偶然知り合い、「映画自体はすでに撮ってあるが、どんな音楽をつけたらよいか決めかねているので、映画のための音楽を担当してほしい」と監督から依頼を受ける。当初、アンドレス・セゴビアに音楽を担当してもらう予定だったが、すでに映画制作の為の予算を使い果たしており、セゴビアとは制作費の折り合いがつかず、当時まだ新人であったイエペスに音楽担当の依頼をする事となった。 そこで、24歳のイエペスは映画『禁じられた遊び』の音楽の編曲・構成、演奏を1本のギターだけで行った。そして、その映画が公開されると、メインテーマ曲「愛のロマンス」が大ヒットし、世界的に有名なギタリストとなった。それから世界各地でリサイタルやオーケストラとの共演を行い、日本にも1960年から1996年までの間に計17回訪問した。(ナルシソ・イエペス – Wikipedia)
関連サイト
ナルシソ·・イエペス公式ホームページ(Narciso Yepes Official Homepage)
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- 一つ新しい記事: ナルシソ・イエペスの娘 アナ・イエペス(Ana Yepes)
- 一つ古い記事: アンドレス・セゴビア(Andrés Segovia)
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加藤 雅夫 より 2018 年 7 月 30 日 08:30