JMTSP岡本稔さんからのアメリカ音楽療法だより

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伊賀音楽療法研究会メールマガジン10月号: カリフォルニア州(California)の刑務所内にある矯正医療施設で働いているリハビリテーションセラピスト岡本稔(Minoru Okamoto)さんのレポート。

JMTSPアメリカ音楽療法だより(58)

伊賀音楽療法研究会メールマガジンをご覧の皆さん、こんにちは。カリフォルニア州立矯正医療施設精神科救急病棟に勤めている岡本稔です。

このメルマガに最後に投稿したのは2006年の7月ですので、およそ4年ぶりという事になります。月日が経つのは本当に早いとつくづく実感しますし、なんだかこうやってメルマガの記事を書いている事が不思議な感じで懐かしく思います。今でこそJMTSPという日本人留学生が作ったグループメンバーが交代で担当していくれていますが、もともとは私がフロリダ州立大学の大学院に在籍中に、地元のホスピスでの体験談を投稿し始めたのがきっかけでした。2004年3月からですので、そうとう昔の話ですし、このメルマガを読んでくださっている方の中には、初めて聞いたという方もいらっしゃるのでしょうね。今ではメンバーの皆が、それぞれの立場からの経験談をシェアしてくれていて、とても充実した内容の記事が皆さんのところに配信されるようになりました。音楽療法関係者だけではなく、多くの方に音楽療法の素晴らしさを伝えられたらとメンバーの皆も頑張っています。このメルマガもできる限り続けていきたいと思っていますので、どうぞこれからもよろしくお願い致します。

さて今月号は、担当者の都合により、急きょ私が担当することになりました。何について書こうと色々考えましたのですが、以前投稿したメルマガの記事をもとに、私の勤める職場について書きたいと思います。以前の記事と重複する部分が多々あるかと思いますが、ご了承ください。

<職場の環境>
私の勤める職場(Vacaville Psychiatric Program)は、カリフォルニア州精神保健省(Department of Mental Health、以下DMH)が管轄する一つで、Correctional Medical Facility(矯正医療施設)という刑務所内にあります。

カリフォルニア州内には、DMH管轄下の施設が7つあり、その内に一つには、5月号のメルマガを投稿してくれた畑真由美さんが勤めるコーリンガ州立病院も含まれます。ただ私の職場が他の州立病院と違う点は、前述したように刑務所内にあるということです。7つのDMHの内、2つが刑務所内、5つは州立病院として機能しています。

この矯正医療施設ですが、普通の刑務所と違い、医療施設が伴っているという点で、受刑者の病院という位置づけになっています(もちろん医療を必要としない通常の囚人も収監されています)。施設内には一般病棟や、ホスピス病棟、エイズ患者が主に収容される病棟もあります。施設内には約3300人もの受刑者、そして約800人程の看守、それに私たちクリニカルスタッフ及びその他(管理職や事務系など)を収容する施設なので、とても大きいです。

職場ではリハビリテーションセラピストという役職で働いています。私の職場では、芸術療法、レクリエーション療法、 ダンス療法、作業療法のいずれかを専門的に勉強した人たちがこの“リハビリテーションセラピスト”として毎日のセッションを行っています。ただ、リハビリといっても身体機能の回復を目的にするリハビリではなく、精神的な問題を抱える患者さんに対するリハビリです。アメリカの場合、精神科医療に携わる現場では、このように総称して“リハビリテーションセラピスト”という役職のもとに働く場合が多いようです。精神病を患う患者さんは、医者から処方される薬の他に、リハビリテーションセラピストがリードするグループセッションなどを通じて“リハビリ”をし回復に努めます。

私の勤める職場には6つの救急処置を必要とする精神病患者をケアする病棟と、症状がある程度落ち着いた患者に対し中期療養を施す3つの病棟から成っています。カリフォルニア州内には30以上の刑務所がありますが、救急精神病棟をもつ施設は私の職場のみだそうです。精神病棟には、施設内で精神的問題があると報告があった受刑者のみならず、カリフォルニア中の刑務所から入設してきます。各病棟には精神科医、臨床心理士、看護士、ソーシャルワーカー、リハビリテーションセラピスト、看守から成る医療チームを組み、それぞれの専門知識を生かしながら、患者一人一人に適した治療方法を提供します。チーム内のミーティングも多い時1日3・4回もあり、患者1人1人に対して綿密な情報交換が行われます。

その他にも、リハビリテーションセラピスト全体でのミーティング、様々なドキュメンテーションなど、セッション以外にもしなければいけない事はたくさんあります。

私が所属する病棟は緊急を要する囚人患者が来るユニットで、プログラムとしては大体4-6週間をめどに治療をし、もと居た刑務所に送り返すといった具合です。囚人患者の症状としては、統合失調症、自殺願望、自殺未遂、自傷行為、攻撃的行為、躁うつ、脅迫神経症など様々です。

新規の囚人患者がユニットに来ると、医療チーム全体で患者をアセスメントをし、患者の症状を把握していきます。患者はアセスメント中に、精神科医から、治療に使われる薬の説明やプログラムの目的などを説明され、自分の独房に連れて行かれます。独房に着くとまず、今まで着ていた服の代わりに、Suicide Smockという厚さ1センチはあろうかという厚手のキルト生地でできたガウンと、Suicide Blanketという同じく厚手のキルト生地でできた毛布のみを渡されます。そして患者は、精神的に安定してきたと診断されるまで、この状態で過ごすのです。特に症状が強い患者は、あらゆる手段を使って自殺もしくは自傷行為をしますので、Tシャツやパンツなどは、チーム内の全員が納得した上で精神科医が書面にてオーダーをするという徹底ぶりです。それまでは鉛筆1本も渡すことは出来ません。症状の重くなかなか症状の改善が見られない場合、この状態で2・3週間過ごす患者もいます。こういった一連の決まりごとは、患者自身の命を守るだけではなく、患者の治療にあたるスタッフをも守る事になります。例え、患者自身の手で自殺した行為であっても、それはただ「スタッフが患者を把握してない為に起きた事故」として患者の家族から訴えられたりする場合があるからです。特にアメリカでは、裁判で争うという事はごく当たり前の行為なので、スタッフも十分な注意が必要なのです。

一方、症状が安定してきたと判断された患者は、少しずつリハビリテーションの為のセッションに参加し始め、最終的にはフェンスで囲まれた外の広場で行われるプログラムまでに至ります。段階としては、「手錠をつけた状態で個人セッション」→「手錠なしの個人セッション」→「もう一人患者を交えた小グループ」→「最大8人までのグループ」→「外の広場での自由時間」といった感じです。外の広場では、割と自由な時間となっていて、各々が好きなこと(バスケットボールやトランプなど)をして過ごします。セッションの内容は様々で、音楽を使ったセラピーセッション、レクリエーションを交えたセッション、映画鑑賞、美術工作など、様々な事をもう一人のリハビリテーションセラピストと分担しながら行います。

まず、セラピストとして患者と接する上で一番大事なのは、“彼らは法を犯した囚人”という認識を常に持つという事です。囚人の中には模範囚のような人達もたくさんいて、治療やスタッフに対する態度にも何も問題が無い人たちもたくさんいます。しかし、彼らの犯罪暦を見れば、第一・二級謀殺、麻薬所持、武器携帯、誘拐、レイプ、幼児虐待、強盗、などのような凶悪犯罪を犯している囚人がほとんどです。それゆえ、囚人患者と直接接するスタッフは、常日頃、“万が一”という事を頭の隅に思って行動しなくてはいけません。これは、初日に警笛を渡された事にも直結している事と言えます。入社してすぐ行われた2週間のオリエンテーションでも、「スタッフの安全第一」という事をまず始めに、して何度となく言われたのを思い出します。

実際のセッションでは、かなりの制約があります。まず、凶器となるような物はまず使えません。例えば、打楽器を叩くようなスティック類はもちろんのこと、メタル系の楽器、性的な言葉を多様に含む曲、攻撃的な映像を含む音楽映像などたくさんです。レクレーション系のセッション時などは、使うものの制限はもちろんのこと、使用する鉛筆は5・6センチの短いもののみで、使用する数もセッション前と後で必ず確認しなければいけません。囚人の中には、いかなる時でもスキを狙い、それらを持ち帰り武器にする場合もあるからです。

その他にも、セッション中の患者との距離やセラピストの立ち居地というのもとても大事です。これは患者とのセラピューティックな距離ではなく、物理的な患者との距離のことです。特にレクレーション系のセッションをする時は、どうしても患者と至近距離になりますから、そういった時でもある程度の距離を保つ事が大事です。そして、グループを行う際のセラピストの立ち位置もとても大切です。例え看守が同じ部屋に居ても、決して部屋奥のコーナーに立つのではなく、いつも出入り口に近い所でセッションをリードするなど、いつでも「万が一のために備える」必要があります。

以上が私の働く現場環境です。危険は常に伴いますが、カリフォルニアの刑務所内では唯一の救急病棟だという事を考えると、そこで臨床経験をつめるという事実にはいつも感謝の気持ちです。その場その場の状況の変化に対応したセッションプランなど、難しい対応を迫られる場合もありますが、セッションを通じて患者が少しずつでも症状が良くなっている姿を見るのは、とても嬉しいことです。笑顔でユニットを去って行く囚人患者を見るのは、本当に嬉しい瞬間でもあります。早いもので、今の職場で働き初めて5年が経とうとしていますが、上司の長期休暇に伴い、今現在はプログラムコンサルタント代行として、リハビリテーションセラピスト全体のまとめ役という事をしています。新しい経験をしながら、より良いセラピストになれるよう、日々精進です。

質問・感想などありましたら、ご連絡ください。ありがとうございました。 岡本 稔 

 
[編集後記]
今回のJMTSPアメリカ音楽療法だよりは、JMTSPアメリカ音楽療法だよりの前身で2004年3月にスタートしたフロリダインターン通信「ホスピスの現場から」を執筆していただいていた岡本稔さんからの投稿でした。インターン修了後2005年3月からは、「音楽療法現場レポート~ポトマック河のほとりから~」としてレポートを送ってくれていました。そして、2005年12月から現在の「JMTSPアメリカ音楽療法だより」に引き継がれていったわけです。もう岡本さんとは8年以上のお付き合いとなるわけですが、これまでまだ一度もお会いしたことはありません。岡本さんとの出合いは、少なからず、日本における音楽療法の発展に寄与したことは紛れもない事実だと思います。実際に、このレポートを読んで海外での音楽療法の道を選択した方もたくさんいらっしゃいますから。これからも、アメリカからの音楽療法最前線のレポートを楽しみにしています。

伊賀音楽療法研究会 メールマガジン編集室(三重県 伊賀市社会福祉協議会) http://www.hanzou.or.jp/music/top-page.htm

 
JMTSPの関連リンク
JMTSPは、世界各国で音楽療法を勉強、または実践している日本人学生と音楽療法士、また世界の音楽療法に興味を持つ方々の情報交換場所として設立されました。(Japanese Music Therapy Students & Professinals)
JMTSP 公式ホームページ http://www.geocities.jp/jmtsp2004/
jmtsp ブログ http://ameblo.jp/jmtsp/

 
音楽療法の関連エントリー(美幌音楽人 加藤雅夫)
音楽療法 カテゴリのアーカイブ http://masaokato.jp/blog/music/music-therapy

 
※ この動画と写真は、上記のレポートとは関係がありません。

1975年のアメリカ映画「カッコーの巣の上で」(原題の由来はマザー・グースの詩である)。

 

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@bihorokato 美幌音楽人加藤雅夫のさえずり:
加藤 雅夫(bihorokato) on Twitter http://twitter.com/bihorokato

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4 件のコメント

  1. この「カッコウの巣の上で」の映画を公開された当時、見ました。
    忘れていた記憶がよみがえります。
    ロボトミー手術というのを、この映画で初めて知りました。
    衝撃的な映画だったですね。

    ジャニーギター より 2010 年 10 月 17 日 21:55

  2. ジャニーギターさん: アメリカ映画「カッコーの巣の上で」の日本公開は1976年です。本当に怖い映画でした。でも、ジャック・ニッチェ(Jack Nitzsche)の映画音楽はよかった。

    1973年 アメリカ映画「エクソシスト
    1982年 アメリカ映画「愛と青春の旅立ち
    1986年 アメリカ映画 「スタンドバイミー

     

    のこぎり音楽: ミュージックソー(Musical saw, Singing saw)

    加藤 雅夫 より 2010 年 10 月 18 日 08:16

  3. 『カッコーの巣の上で』はテレビで2回、見ました。
    大好きな映画です。
    人間の尊厳と精神の自由ということについて考えさせられました。

    小春日和 より 2010 年 10 月 19 日 22:47

  4. 憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥(芭蕉)

    駝足は食せど、蛇足は未だ食せず。
    燕の巣は食せど、郭公の巣は未だ食せず。

    晩秋の小春日和さん:
    遥遥の湖面渡ありがとう。
    らんちゅう風物詩で道草くってきました。
    閑古鳥は鳴けど、らんちゅうは如何にぞや…。

    加藤 雅夫 より 2010 年 10 月 20 日 06:01

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