クリスマスの日 おくりもの
クリスマスの日 おくりもの
- 2021年12月25日(土) 1:46
- カテゴリ: 1000万アクセス, オホーツク, お知らせ, ギター, クリスマス, ドラえもん, 健康・福祉, 北海道, 国際, 新型コロナウイルス, 日本, 音楽, 音楽療法
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クリスマスの日 おくりもの
ギター ナルシソ・イエペス
ダンス アナ・イエペス
皆様に希望の光り贈ります (美幌のサンタクロース)
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12月の映画音楽 クリスマス・ツリー
12月の映画音楽 クリスマス・ツリー
- 2021年12月24日(金) 3:11
- カテゴリ: フランス, 映画, 西欧, 音楽
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12月の映画音楽 クリスマス・ツリー
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クリスマス・ツリー (映画) / 『クリスマス・ツリー』(L’Arbre deNoël/The Christmas Tree)は1969年のフランスの映画。ミシェル・バタイユ(フランス語版)の同名ベストセラー小説を映画化した作品。 (Wikipedia)
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令和3年12月23日 上皇明仁さま88歳の誕生日
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明仁さまへ
明日という字は明るい日と書きます
明日も良い日でありますように (国民の祝日 平成の日)
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明仁 日本の上皇、第125代天皇 / 明仁(あきひと、(1933年〈昭和8年〉12月23日 – )は、日本の第125代天皇(在位: 1989年〈昭和64年〉1月7日 – 2019年〈平成31年〉4月30日)、上皇(在位: 2019年〈令和元年〉5月1日 – )。御称号は繼宮/継宮(つぐのみや)、お印は榮(えい)。敬称は陛下。勲等は大勲位。昭和天皇と香淳皇后の第1皇男子。皇子女に徳仁(第126代天皇)、秋篠宮文仁親王(皇嗣)、黒田清子(清子内親王)がいる。1989年1月7日の父・昭和天皇の崩御に伴い日本国憲法および現皇室典範下で初めて皇位を継承。翌8日に元号法と政令に基づき「平成」へ改元が行われた。また、2019年4月30日、皇室典範特例法に基づき憲政史上初めて譲位した。 (Wikipedia)
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天皇家の皆さま方と美幌峠(美幌町) – 美幌音楽人 加藤雅夫
日本の皇室のご活動・ニュース (令和元年 秋) – 美幌音楽人 加藤雅夫
12月の楽曲 ジョン・レノンのイマジン
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イマジン (ジョン・レノンの曲) ジョン・レノンの楽曲 / 「イマジン」(Imagine)は、1971年に発表されたジョン・レノンの楽曲である。 (Wikipedia)
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日本の子役俳優・歌手 小柳徹
日本の子役俳優・歌手 小柳徹
- 2021年12月21日(火) 1:01
- カテゴリ: 日本映画, 映画
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日本の子役俳優・歌手 小柳徹
小柳徹さんとは私は同世代の生まれでした。NHKのラジオドラマ「コロの物語」を聴いたのは9歳のころでした。
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日本の子役俳優・歌手 小柳 徹 / 小柳徹 (Toru Koyanagi、こやなぎ とおる) 1948年(昭和23年)8月18日誕生、1969年3月24日死去。NHKラジオドラマ・コロの物語。
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小柳徹の葬儀 – mon-yasu-monmon’s blog
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NHKラジオドラマコロの物語
NHKラジオドラマコロの物語
- 2021年12月20日(月) 1:02
- カテゴリ: 日本, 音楽, 音楽療法
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NHKラジオドラマ コロの物語
私が9歳のころ、NHKのラジオドラマ「コロの物語」の放送が始まった。ある日、向かいの小間物屋の側に捨てられた2匹の子犬がダンボール箱に入れられていた。小間物屋の息子と私は子犬をそれぞれに持ち帰った。次の日の朝、小間物屋の息子が「コロ コロ」と呼んでいる。私も自分の子犬を「コロ コロ」と呼んだ。2匹の子犬は同じ名前を付けられたのだ。それからは、2匹の子犬は仲良く元気で育った。
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主人公の小犬・コロと飼い主のおじさんの愛情を描く連続ホームドラマ(1957年4月1日~1958年12月30日放送、全479回)。作 乾信一郎、音楽 小林秀雄。語り手 幸田弘子、出演 小柳徹、山田清ほか。
コロの物語 主題歌 作詞作曲 小林秀雄
お父さんは青い雲 いつもそっと見てるよきっと
お母さんはそよぐ風 いつもそっと囁くきっと
ワンコロワンワンコロコロ
ワンコロワンワンコロコロ
ワン、ワン、ワン
コロの物語 お母さんの唄 作詞 西沢実 / 作曲 小林秀雄
夢見ていたよ お母さん さめりゃ 野原をわたる風
どこかで どこかで 僕を呼んでるなあ
コロの物語 挿入歌
コロ コロ コロと みんなが呼ぶけれど
コロ コロ コロと 呼んでは行っちまう
一人ぼっちの風の中 一人ぼっちで泣いてみる
ワンワン でもさ でも僕 寂しかないな だって
この風この匂い どこかで 花は咲いているんだ
どこにも花は咲いているんだ
乾信一郎 / 信一郎(いぬい しんいちろう、1906年5月15日 – 2000年1月29日)は、日本の小説家、翻訳家。 来歴 / 米国シアトル生まれ。本名・上塚貞雄で、本名での著作もある。1912年、母とともに父母の郷里熊本県に戻りそこで育つ。青山学院高等部卒業。同商科在学中の1928年、翻訳が『新青年』に採用される。1930年卒業後、博文館に勤務し、『新青年』に探偵小説を書く。1935年『講談雑誌』編集長、1937年『新青年』編集長。1938年フリーとなり、文筆に専念。戦後「青いノート」「コロの物語」などNHK連続放送劇の脚本を手がける。ユーモア小説、動物小説を多く書いたが、探偵小説やミステリー小説などの翻訳も数多く手がけた。筆名は当初「乾信四郎」(かんしんしろう)としていたが、「あんまりしゃれが露骨で気がひけ」たため「乾信一郎」と改めた。 (Wikipedia)
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北見工大と美幌町が包括的連携協定締結
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北見工大と美幌町が包括的連携協定締結
2021-12-17 掲載(北見市/社会)
官学一体のまちづくり推進へ連携
北見工業大学と美幌町が14日、包括的連携協定を結んだ。役場で締結式が行われた。都市機能の分析・活性化や滞在型観光への転換など目指す
地域の活性化や課題解決に向けて大学の知的資源や人材、アイデアを生かし、官学一体のまちづくりを積極的に進めようと、美幌町が大学に働きかけて締結。北見工業大学が自治体と包括連携協定を結ぶのは2015(平成27)年の北見市に続き2例目。
連携事項は (1)地域づくり・まちづくりの推進 (2)学術振興、教育及び人材の育成 (3)産業振興、観光振興など地域経済の発展 (4)公共交通及び防災対策の推進−の大きく4項目。項目に沿い、政策や計画策定への参画、児童・生徒への教育支援、アスリートの育成支援、学生のインターンシップ受け入れなどを想定している。
締結式では、鈴木聡一郎学長と平野浩司町長が協定書を交わした。鈴木学長は「まちづくりの活性化、スポーツ振興、脱炭素の取り組み、観光振興などいっそう多様化が進む地域課題の解決を強力に進める礎になる。手を取り合い、発展していきたい」とあいさつ。平野町長は「地域に根ざし、身近な大学として心強い。締結はスタートラインで積み重ねが重要。信頼関係を構築し、永続的、発展的な関係になるようお力添えを」と述べた。
具体的に取り組みたいこととして平野町長は「都市機能の分析と賑わいづくり、宿泊施設確保」「市街地−美幌峠間の国道243号を軸にした滞在型観光への転換」の2点を挙げ「ぜひ学生にもかかわっていただきたい」と述べた。鈴木学長は、環境・エネルギーなど大学の研究推進センターの取り組みを紹介しつつ、留学生との交流なども提案。「特徴ある産業とかかわり、学生にとって学びの場を提供いただければ」と応えた。(浩) (経済の伝書鳩)
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国立大学法人北見工業大学と美幌町は「包括連携協定」を締結しました – 美幌町
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北見工業大学と美幌町は「包括連携協定」を締結しました
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国立大学法人北見工業大学と美幌町は「包括連携協定」を締結しました
2021年12月14日
国立大学法人北見工業大学と美幌町は、地域の課題に適切に対応し活力ある個性豊かな地域社会の形成と発展に寄与することを目的として、令和3年12月14日(火)に包括連携協定を締結しました。
協定書の名称 「国立大学法人北見工業大学と美幌町との包括的連携に関する協定書」
協定書はこちら → 包括的連携に関する協定書
協定締結日 令和3年12月14日
連携の目的 国立大学法人北見工業大学と美幌町とは、包括的な連携により、地域課題に適切に対応し活力ある個性豊かな地域社会の形成と発展に寄与することを目的に連携を図ります。
連携の推進体制 連携を図る事項を協議、推進するための「連携探索会議」を定期開催し、連携活動の見える化を図ります。
連携する事項
(1) 地域づくり、まちづくりの推進に関すること
(2) 学術振興、教育及び人材の育成に関すること
(3) 産業振興、観光振興などの地域経済の発展に関すること
(4) 公共交通及び防災対策の推進に関すること
(5) その他前条の目的を達するために必要な事項に関すること
連携の概要はこちら → 包括連携協定の概要
(国立大学法人北見工業大学と美幌町は「包括連携協定」を締結しました – 美幌町)
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同志社大学マンドリンクラブについて
同志社大学マンドリンクラブについて
- 2021年12月17日(金) 3:34
- カテゴリ: マンドリン, 日本, 音楽
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同志社大学マンドリンクラブについて
La Società Mandolinistica dell’Università Doshisha
同志社大学マンドリンクラブ
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SMD会Web通信 SMD会は同志社大学マンドリンクラブを卒部したOB・OGの団体です
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同志社大学の校歌について
同志社大学の校歌について
- 2021年12月16日(木) 1:03
- カテゴリ: 日本, 音楽
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同志社大学の校歌について
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同志社大学 京都府京都市に本部を置く私立大学 / 同志社大学(どうししゃだいがく、英語: Doshisha University)は、京都府京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町601番地に本部を置く日本の私立大学である。1920年に設置された。 同志社大学の淵源は、1875年(明治8年)、京都・山城の地に開かれた「官許・同志社英学校」という私塾であり、明治の六大教育家の一人であるキリスト新教改革教会組合派(カルバン主義プロテスタント会衆派)の清教徒だった新島襄が創設した学び舎である。 なお、一般に校歌として認知されている同志社カレッジ・ソング(Doshisha College Song)は、前述したアイビーリーグの一校であるイェール大学の校歌ブライト・カレッジ・イェール(Bright College Years)と旋律を同じくする。ただ、イェール大学校歌が1881年に書かれたのに対し、同志社大学は1908年である。この旋律は、元はドイツの軍歌である「ラインの護り」からの借用である(また、日本語の校歌として「大学歌」がべつに制定されており、こちらが北原白秋作詞、山田耕筰作曲のものである)。 校歌 Doshisha College Song (ウィリアム・メレル・ヴォーリズ作詞・カール・ウィルヘルム作曲) 1908年に同志社の教員であったシドニー・ギューリックが音楽好きの学生に頼まれ校歌を作ることにした。当時京都YMCA会館を建設するために京都に滞在していた友人であるウィリアム・メレル・ヴォーリズに作詞を依頼。ヴォーリズはドイツの軍歌(あるいは愛国歌)の「ラインの守り」を基にし、歌詞をつけた。また当時の多くの宣教師の出身校であるイェール大学の校歌にも同じメロディが使われている。なお、ヴォーリズは後に致遠館(1916年築)など、いくつもの建物の設計も行っている。 同志社大学歌 (北原白秋作詞・山田耕筰作曲) / Doshisha Cheer / 第一応援歌 Doshisha Heroes / 第二応援歌 戦いの野に / 第三応援歌 同志社アトム / 第四応援歌 レッツゴー同志社 / 第五応援歌 若草萌えて アメリカ南北戦争の北軍行進曲「Tramp! Tramp! Tramp!」を原曲とする。北海道大学校歌「永遠の幸」と同一のメロディとなっている。 (Wikipedia)
ラインの守り / ラインの護り(ドイツ語:Die Wacht am Rhein)はドイツの軍歌・愛国歌としての要素が強い民謡。1840年にマックス・シュネッケンブルガー(Max Schneckenburger)が作詞し、1854年にカール・ヴィルヘルム(Karl Wilhelm)によって作曲された。イェール大学校歌「ブライト・カレッジ・イェール」(Bright College Years)、同志社大学校歌「同志社カレッジソング」(Doshisha College Song)はこの曲が元になって作られている。 (Wikipedia)
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同志社のうた一覧 Doshisha College Song 同志社大学歌 カレッジソングCD
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