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美幌町 町史発刊のお知らせ(北海道網走郡)
美幌町 町史発刊のお知らせ(北海道網走郡)
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「美幌町史」完成 30年間のできごと網羅 / 4月から販売 / 「美幌町史」が完成した。昭和62年度から平成27年度までの史実を中心にした新しい町史で、4月から販売を開始する。29年度に迎えた美幌町130年の記念事業として発刊。町史の発刊は平成元年度の「美幌町百年史」から29年ぶりで、町史編纂資料調査専門員が中心になり、26年6月から作業を進め、完成させた。「自治・行政」「商工・観光・労働」「教育」「文化・体育」「保健・医療・福祉」「社会基盤の整備」など全10編で構成。合併問題に揺れた「平成の大合併」、町内8つの小学校の統合・閉校、国立療養所美幌病院の経営移譲など、昭和62年以降の町のできごとを丹念につづっている。巻頭では、130年目の初日の出などカラー写真で美幌の史実を紹介している。A5判1227ページ。価格は町内在住者が3500円、町外在住者が4500円。役場庁舎2階まちづくりグループで販売し、着払いでの郵送にも応じる。購入した人のうち希望者には「美幌町百年史」を贈る。「百年史」は数に限りがある。詳しくは政策担当(TEL 0152-73-1111内線223)へ。(浩)(2018年3月31日の 記事経済の伝書鳩)
美幌町史の販売について / 町では、美幌130年記念事業の一環として、前町史「美幌町百年史」以後の昭和62年度から平成27年度までの史実をまとめた「美幌町史〔昭和62~平成27年度〕」を発刊しました。(美幌町史の販売について | 美幌町)
明治20年10月12日に戸長役場が開場されてから、美幌町は130年の歴史を重ねます。130年という長い歴史には、先人たちの開拓の苦労、発展への願い・喜びが込められており、それらが今日の美幌町の礎となっています。そしてこれらの歴史・思いは、親から子へ、子から孫へと受け継がれ、限りない未来へとつながっていきます。「ひとがつながる、みらいへつなげる ここにしかないまち びほろ」の将来像にあるように、美幌町のこれまで(歴史)とこれから(未来)を担う町民の皆さまと共に、平成29年度を美幌130年の祝賀の年としてここに特設ページを開設いたします。(美幌130年記念特設ページ | 美幌町)
美幌町(びほろちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内にある町。概要 / 町名にはアイヌ語と「ピポロ」〔石・多い〕あるいは「ペホロ」〔水・多い〕の二説があり、特定しがたいとされる[3]。 陸上自衛隊の駐屯地があり、自然が豊かで降雪や災害が少なく、空港が近いことから道外からの移住者が多いのが特徴。地理 / 地形は網走川、およびその水系の河岸段丘および氾濫原に広がり、網走市と北見市のほぼ中間に位置する。人口の約9割が半径3キロの市街地に集中するコンパクトシティである。隣接する女満別空港から市街地までの移動時間は自動車で10分程度、石北本線や国道4路線、道道6路線が交わる道東交通の要衝の位置に当たる。日照率が高く、降雨量が少ないが、水道の水源地は、藻琴山から湧き出る女満別川上流であり、良好な水質を保っている。阿寒国立公園 / 山:藻琴山 / 川:網走川、美幌川、魚無川、女満別川、豊幌川、美幌川、石切川、鶯沢川、木禽川、駒生川、駒の沢川、トマップ川 / ダム:古梅ダム。歴史 / 1887年(明治20年) 美幌他5か村戸長役場を設置。1915年(大正4年)4月1日 美幌村、杵端辺(けねたんべ)村、古梅(ふるうめ)村、活汲(かっくみ)村、達媚(たっこぶ)村、飜木禽(ぽんききん)村が合併し、二級町村制施行、美幌村となる。1919年(大正8年)4月1日 活汲村、達媚村、飜木禽村の3大字を津別村(現津別町)として分村。1920年(大正9年) 美幌峠道路開通。1921年(大正11年)4月1日 津別村の一部を編入。1923年(大正13年)4月1日 一級町村制施行、美幌町となる。1934年(昭和9年) 美幌峠を含む阿寒一帯が国立公園に指定を受ける。経済 / 陸上自衛隊美幌駐屯地や日本甜菜製糖をはじめとする多くの食品工場があることから、関係者や家族(主に町外出身者)が多く暮らしており、経済活動にも少なからず影響を持っているとされる。さらに、自然が豊かで、降雪量が北海道の気候としては少ない部類に入り、自然災害が少なく、温和な環境である。そして、商業施設や交通、医療機関等の都市機能が充実しているため、町外はもとより、北海道での生活を求めた道外出身の移住者が多く在住している。(美幌町 – Wikipedia)
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美幌町史 (美幌町): 1972|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
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オホーツク日刊フリーペーパー経済の伝書鳩発行10000号
オホーツク日刊フリーペーパー経済の伝書鳩発行10000号
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経済の伝書鳩発行10000号 感謝のご挨拶 / 本紙「経済の伝書鳩」は、1983年6月14日に創刊号を発行して以来35年目を目前にした本日、お陰さまで10000号を達成することが出来ました。無我夢中で突進する毎日でしたが、まがりなりにも当地域で情報分野の一員として末席を汚させて戴いているとすれば、ひとえに各位のご支援の賜物であり、衷心より厚く御礼を申しあげます。ことに日本のフリーペーパーが黎明期にあった中、稚拙な小紙を本日まで育てて戴きました地域の皆様には言い尽くせない感謝の思いでいっぱいです。また、雨や風、大雪にも負けず暑い日も厳寒の日も毎日宅配に従事してくださる宅配員の皆様には、いつも頭の下がる思いであり、深くお礼申しあげます。顧みれば発行した各号には、地域紙の役割や利便性に何を求め、何が出来るかと手探りした日々が内蔵し「初心忘るべからず」との示唆に駆られます。弊社はこの機会を新たな一歩と捉え、一層皆様に「役に立つ」情報の送り手として地域に愛される企業へと邁進して参ります。弊社社員一同、皆様のご期待に応えるべく研鑽を積んで参りますので、今後とも各位のご指導ご鞭撻を賜りますよう、宜しくお願い申しあげます。株式会社 伝書鳩 代表取締役 藤澤 達夫 (2018年3月31日の記事 経済の伝書鳩)
【10000号特集】1万号までのあゆみ 『経済の伝書鳩』 昭和58年6月14日創刊 / 昭和58年6月14日発行の第1号で“うぶ声”を上げた本紙「経済の伝書鳩」は、創刊35年を間近に控えたきょう平成30年3月31日、ついに1万号を迎えることができました。チラシおよび広告オーナー様のご愛顧と、ご愛読いただいております読者の皆さまのおかげです。本当にありがとうございます。読者の皆さまの日頃のご愛読に感謝を込めて、本紙の創刊から1万号までのあゆみをご紹介します。日曜除く毎日宅配は昭和62年10月から ご愛読に感謝を込めて…これからも“役に立つ紙面”をめざし、全力で羽ばたきます! / 「経済の伝書鳩」が創刊、第1号を発行したのは弊社の前身である(株)大和商事です。「これからは宅配事業が絶対必要になる。地域経済を動かす事業主にとってPRはかかせないもの」と考えた創業者・藤澤和光(平成14年2月2日逝去)が、同年5月にスタートしたチラシの宅配事業をサポートする形で生まれたフリーペーパー(無料情報紙)です。「経済の伝書鳩」紙面は北見市(現北見自治区)内の約3万6000戸に週1回配布する形でスタート。その後、発行を週2、3、4回と増やし、日曜日を除く毎日の宅配になったのは、昭和62年10月1日のことでした。次に私たちが行ったのは、よりたくさんの皆様に大切な地域情報のチラシや広告、住民情報の記事に目を通していただくための配布エリア拡大でした。北見市から始まった配布は、昭和63年の美幌町への宅配開始以後、確実にエリアと配布部数を拡大してきました(詳細は左上の表参照)。併せて平成3年には社名を(株)伝書鳩に変更し現在に至っています。配布部数の正確さは、広告やチラシを出してくださるオーナー様にとって極めて重要で、弊社の信頼の証とも言えるものです。そのため新聞・雑誌の部数を公査し発表する第三機関「一般社団法人ABC協会」に平成元年から加盟しています。紙面サイズはB4判1枚(表と裏の2ページ)からB3判を経て、平成10年には現在のタブロイド判複数ページとなり、たくさんの情報を盛り込んだ紙面をお届けできるようになりました。また、テレビ欄や訃報欄の導入をはじめ、同8年4月から時事通信社と提携し国内・海外の大きなニュースも掲載。記事写真のカラー化を同11年7月から本格化、同12年12月からは自社編集にも取り組むなど、紙面の内容と発行環境の充実にも努めてきました。そして私たちはこれからも広告・チラシのオーナー様、読者の皆様にとって“役に立つ紙面”をめざし、全力で羽ばたきます!今後も変わらぬご愛顧・ご愛読をどうぞよろしくお願いいたします。(公)(2018年3月31日の記事 経済の伝書鳩)
私は言いたい 『鳩』さんありがとう / 貴紙3月31日号は「おかげさまで10000号」であった。創業35周年を迎えるという。「頑張ったね」とお礼を言います。昔々のある日、同僚から「今度出た『経済の伝書鳩』だよ」とザラ半紙(だったと思う)のプリントを見せられた。無料配布、広告料で発行するらしい。ラジオ・新聞・テレビには出ない市井の小さな出来事も載せるという。「関心持ってね」と言われた。昭和62年ころ、初めて記者の方から取材され認識を新たにしたが、そのころから「○日の伝書鳩見たかい」「伝書鳩に出してもらえるかもしれないよ」の声を聞くようになった。こんな世の中である。経営も配達さんの確保も大変だろうと思う。数多くの団体・個人が『鳩』さんに勇気づけられ、やる気をもらっただろう。北見市の宝である。何も協力できないので配達さんに顔を合わせたら「ご苦労さんです」「ありがとう」と声をかけている。(北見市・半分の半分)(2018年5月9日の記事 経済の伝書鳩)
経済の伝書鳩(けいざいのでんしょばと、通称「鳩」)は、株式会社伝書鳩が、北海道北見市で発行する日刊フリーペーパーである。北見市・網走市などの地域で宅配され、有料地方紙並みの情報量を特徴としている。日本ABC協会加盟。概要 / 北見市、網走市、訓子府町、置戸町、津別町、美幌町、大空町で8万5,425世帯(2015年11月実数)に配布。日曜・年末年始を除く週6回夕刊発行で、タブロイド判、12 – 24ページ、全ページカラー。同地域全世帯に対する配布率は88.28%と極めて高い。配布地域内のニュース、天気、投稿欄、テレビ欄、お悔やみ欄と広告を掲載しており、分量の多い広告を除けば地方紙の一般紙と変わらない。発行社で折り込み広告も行っており、広告媒体としての定着化に一般ニュースの存在が寄与していると同時に、ローカル紙の安定経営・高普及のビジネスモデルを確立している。印刷は北見市内の株式会社北海印刷が行う。紙面 / 外見上はやや広告紙然としているものの、独自取材による地域情報の他、時事通信社から配信された全国・国際ニュース、東京ニュース通信社配信のテレビ番組欄が掲載されるなど、一般的な地方紙の品質を保持している。顔写真入り死亡広告も、同紙の特徴の一つでもある。沿革 / 北見市内で不動産業を営んでいた藤澤和光が設立したポスティング会社、株式会社大和商事が、北見市中心部を対象に1983年6月創刊。1987年10月に日刊に移行。1988年以降、北見市の周辺自治体や網走市に配布エリアを順次拡大し、1991年に商号も「株式会社伝書鳩」に変更した。本紙定着の流れの中で同地域の有料紙が部数低迷し廃刊に追い込まれている。北見毎日新聞は1989年、北見新聞は2001年に廃刊している。(経済の伝書鳩 – Wikipedia)
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経済の伝書鳩 (@denshobato_okh) | Twitter
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経済の伝書鳩発行10000号 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫
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北海道美幌町の シルバー人材センター
北海道美幌町の シルバー人材センター
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一般社団法人美幌町シルバー人材センター設立 みどり就労センターは解散に
法人化に伴う美幌町みどり就労センターの解散総会と一般社団法人美幌町シルバー人材センターの設立総会が15日、しゃきっとプラザで開かれた。みどり就労センターは、高齢者が知識や経験を生かして働く機会を提供しようと平成元年に設立。せん定や草刈り、除雪、清掃などを手がけ、受注件数・金額は、初年度は75件・378万円だったが、28年度は1283件・8061万円に伸びている。法人化は社会的な信用を高めようと、29年度の設立総会で移行を決議。同年12月に設立し、30年4月の事業開始に向けて準備を進めている。この日は会員ら約80人が出席。全会一致で解散を決議した。理事長にはみどり就労センター会長を務めた今井成嘉さんが選任。今井理事長はあいさつで「会員の今後の活動に心から期待したい」と述べた。センターは設立記念事業として、3月4日(日)に美幌グランドホテルで「セカンドライフ&終活セミナー」を開く。(浩)(2018年2月21日の記事 経済の伝書鳩)
3月4日・セカンドライフ&終活セミナー 美幌グランドホテルで
一般社団法人美幌町シルバー人材センターの設立記念事業「セカンドライフ&終活セミナー」が3月4日(日)午後1時半~4時半、美幌グランドホテルで開かれる。主催はセンターと美幌町教育委員会。HBC元アナウンサーの内藤克さんが「セカンドライフ~人生50まではリハーサル」、損保ジャパン日本興亜ひまわり生命の男性が「終活の第一歩~エンディングノートの書き方」をテーマに講演する。入場無料。申し込みはマナビティーセンター(TEL 0152-72-2300)へ。(2018年2月21日の記事 経済の伝書鳩)
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美幌町みどり就労センター | 美幌町みどり就労センターは高年齢者が働くことを通じて生きがいを得ると共に、地域社会の活性化に貢献する組織(シルバー人材センター)です。
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平成元年 の検索結果: 46 件
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第14回 全国身体障害者スポーツ大会 (2014 長崎がんばらんば大会)
第14回 全国身体障害者スポーツ大会 (2014 長崎がんばらんば大会)
14th National Disabled Sports Games (2014 Nagasaki Ganbaranba Taikai)
平成元年 の検索結果: 46 件
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カナダ ポートアルバーニと網走の情報
網走・ポートアルバーニ姉妹都市交流協会
Abashiri Port Alberni Sister City Association
カナダ ポートアルバーニと網走の情報
Information of Abashiri and Canada Port Alberni
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12月23日、日本の天皇誕生日
天皇誕生日 (日本)
The Emperor’s Birthday (Japan)
明仁(あきひと、1933年(昭和8年)12月23日 – )は、日本の第125代天皇である。平成時代においては「在位中の天皇」を意味する今上天皇とも呼ばれる。 昭和天皇の第一皇男子。母は香淳皇后。御称号は継宮(つぐのみや)。お印は榮(えい、桐の別名)。勲等は大勲位。 皇子女: 皇后美智子との間に3子がいる。 浩宮徳仁親王(ひろのみや なるひと、1960年(昭和35年) – ) – 皇太子。 礼宮文仁親王(あやのみや ふみひと、1965年(昭和40年) – ) – 秋篠宮。 紀宮清子内親王(のりのみや さやこ、1969年(昭和44年) – ) – 黒田慶樹夫人。(wiki/明仁)
発言
「皇位継承の制度にかかわることについては、国会の論議にゆだねるべきであると思いますが、将来の皇室の在り方については、皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要と思います。2人は長年私と共に過ごしており、私を支えてくれました。天皇の在り方についても十分考えを深めてきていることと期待しています。」 (即位20年に際する記者会見にて)
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