美幌川 の検索結果: 12 件

NHK 北海道中ひざくりげ / 水の恵みが人をうるおす美幌町

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NHK 北海道中ひざくりげ / 水の恵みが人をうるおす美幌町

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「北海道中ひざくりげ」で放映 2019/06/20掲載(美幌町/告知)
美幌で大イワナ釣りに挑戦 / あすNHKで / 21日(金)午後7時半から放映されるNHKテレビ番組「北海道中ひざくりげ」で美幌町が紹介される。 町内の「美幌の自然を楽しむ会」と美幌博物館が撮影に協力。5月30、31日に町内でロケが行われ、釧路放送局アナウンサーの小山凌さんが体長30センチを超える大きなイワナを求めて古梅の美幌川支流で釣りに挑む様子や、博物館が高校生とともに行った水生生物の調査などを撮影した。 (オホーツクのフリーペーパー経済の伝書鳩)

美幌川(びほろがわ)は、北海道網走郡美幌町内を流れ網走川に流入する一級河川。網走川水系の支流である。 名称の由来 / アイヌ語の「ペ・ポロ」(水多く、大いなる所)に由来する。 (美幌川 – Wikipedia)

北海道中ひざくりげ(ほっかいどうちゅう・ひざくりげ)はNHK札幌放送局他北海道各地の日本放送協会各局が制作する紀行番組。一時、「新・北海道中ひざくりげ」のタイトルで放送されていたり、「北海道スペシャル」の枠内で放送されていた時期がある。 (北海道中ひざくりげ – Wikipedia)

関連サイト

NHK札幌放送局 | 「水の恵みが人をうるおす~美幌町~」

北海道中ひざくりげ – NHK札幌放送局

北海道中ひざくりげ – NHK

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美幌川 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

北海道中ひざくりげ の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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美幌の絵本「びほろ こまおい川~町のひとたちのちょうせん」(北海道美幌町)

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美幌の絵本「びほろ こまおい川~町のひとたちのちょうせん」(北海道美幌町)

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絵本「びほろ こまおい川」作成 2019/03/20掲載(美幌町/社会) 駒生川ワークショップ / 取り組みを小さな子ども達にも / 美幌町内を流れる駒生川の治水や環境保全に提言と検証を行う「駒生川ワークショップ」(座長・羽根石晃彦NPO法人常呂川自然学校理事長)が、絵本「びほろ こまおい川~町のひとたちのちょうせん」を作成した。 ワークショップは網走川圏域河川整備計画に基づき、駒生川を親しまれる川にするために、治水や利水、親水、環境保全に提言と検証を行う組織。自然団体や博物館、行政の担当者、町民ら11人のメンバーがいる。 駒生川での取り組みを小さな子ども達にも伝えたいと絵本を作った。畑を守るため直線化してきた駒生川をもう一度、生物がすめる川にしようと、河畔林や魚道づくりなどを進めた結果、川に生物が戻り、子ども達が遊べるようになるストーリーで、多くの写真を交えてつづった。 魚の捕まえ方をイラストで紹介するページや、駒生川の生物をスケッチするワークシートも掲載されている。 A4判20ページで、100部印刷。幼稚園、保育園や学校、林業館きてらすなど子どもが利用する施設などに贈った。(浩) (オホーツクのフリーペーパー経済の伝書鳩)

関連サイト

美幌博物館 | 美幌町

よみがえれ!駒生川 – いぎものぐらし

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美幌川の支流で、「駒生川 ワークショップ」 – 美幌音楽人 加藤雅夫

駒生川に魚道をつくる会 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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1887年 (明治20年) 10月12日 美幌町の誕生日・記念日

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1887年 (明治20年) 10月12日 美幌町の誕生日・記念日

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美幌町(びほろちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内にある町。 概要 / 町名にはアイヌ語と「ピポロ」〔石・多い〕あるいは「ペホロ」〔水・多い〕の二説があり、特定しがたいとされる。 陸上自衛隊の駐屯地があり、自然が豊かで降雪や災害が少なく、空港が近いことから道外からの移住者が多いのが特徴。 1887年(明治20年) 美幌他5か村戸長役場を設置。 (美幌町 – Wikipedia)

美幌町のご紹介 / 美幌町は、北海道の東部、オホーツク海から30km程度内陸に位置しており、面積438.41km2 を有する人口約21,000人の農業を基幹産業とした町です。 美幌町の始まりは、明治20年(1887年)7月、美幌外5カ村戸長役場の設置に始まります。 大正元年(1912年)池田~網走間の鉄道が全線開通し移住者が増加し、大正4年(1915年)2級村制を施行し美幌村となりました。大正8年(1919年)に現津別町を分村し、大正12年(1923年)に1級町制が施行され「美幌町」が誕生しました。 昭和15年(1940年)には、全道の町村に先がけて都市計画区域の指定を受けており、計画的な市街地の整備は道路交通の要衝として、中心市街地に商工業、金融、医療、教育、官公庁の出先機関が設置され発展してきました。 また、基幹産業の農林業は、網走川、美幌川の流れに沿って拓かれた美幌原野と、その豊かな実りによって町が栄え、道内有数の町として発展してきました。 (美幌町のご紹介 | 美幌町)

明治20年5月31日に美幌外5ヶ村戸長役場が活汲村に設置されました。その後、9月に美幌村アシリペックシ(現在の元町ユースホステルの丘)に移転され、10月12日戸長役場の開場が行われてから、美幌町は今年で130年の歴史を迎えました。 そして、この「10月12日」を記念日として、先人たちに感謝と祈りを捧げる記念祭を開催します。 (美幌130年祭 | 美幌町)

明治20年10月12日に戸長役場が開場されてから、美幌町は130年の歴史を重ねます。 130年という長い歴史には、先人たちの開拓の苦労、発展への願い・喜びが込められており、それらが今日の美幌町の礎となっています。 そしてこれらの歴史・思いは、親から子へ、子から孫へと受け継がれ、限りない未来へとつながっていきます。 「ひとがつながる、みらいへつなげる ここにしかないまち びほろ」の将来像にあるように、美幌町のこれまで(歴史)とこれから(未来)を担う町民の皆さまと共に、平成29年度を美幌130年の祝賀の年としてここに特設ページを開設いたします。 (美幌130年記念特設ページ | 美幌町)

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関連サイト

美幌町 びほろちょう Bihoro Town – 美幌町

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美幌町の誕生日 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

美幌町の記念日 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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北海道美幌町の航空公園について

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北海道美幌町の航空公園について

美幌航空公園 / 自衛隊で活躍した飛行機が展示されている。美幌川沿いに滑空場を持ち、スカイスポーツも楽しむことができる。

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美幌町 (びほろちょう) は、北海道東部の内陸部にありオホーツク地方に位置する町である。北見市、津別町、大空町および弟子屈町に接している。美幌町役場 TEL (0152) 73-1111、美幌観光物産協会 TEL (0152) 73-2211。観る / 美幌航空公園 / 自衛隊で活躍した飛行機が展示されている。美幌川沿いに滑空場を持ち、スカイスポーツも楽しむことができる。(美幌町 – ウィキトラベル – Wikitravel

美幌海軍航空隊(みほろかいぐんこうくうたい)は、日本海軍の部隊の一つ。六番目の陸上攻撃機部隊として、太平洋戦争序盤より中盤にかけて最前線で爆撃・攻撃・偵察行動に従事した。1942年(昭和17年)11月1日に初代の第七〇一海軍航空隊(だい701かいぐんこうくうたい)と改称。沿革 / 陸上攻撃機部隊の増強を図るために、マル4計画に盛り込まれた4個航空隊の一つとして、中国戦線での活動を終えた第十五航空隊の陸攻要員を元山海軍航空隊と分け合って開隊した。千島列島方面での作戦行動に対応すべく、既設の中央気象台飛行場(現在の女満別空港のルーツ)とは関係なく新規建設した飛行場を用いた。地名の「びほろ」ではなく「みほろ」と呼んでいたとする証言が多数あり、海軍でも建設中は「M基地」の符牒で呼び、機体番号に冠する区別字は日本国内では「ミ」と定められ、外地では「M」を使用していた。沿革 / 昭和15年(1940年)10月1日 木更津で開隊。大湊要港部隷下。11月15日 第二連合航空隊。木更津飛行場を拠点に訓練に従事。昭和16年(1941年)1月1日 二連空は第十一航空艦隊第二十二航空戦隊に改称。3月1日 台中経由上海進出中、宗雪新之助司令・馬野光飛行長座乗の陸攻が新竹付近で墜落、全員殉職。3月26日 上海進出。4月29日初出撃し、重慶を爆撃。以後連日重慶・成都・蘭州を爆撃。9月1日 館山飛行場に帰還。10月9日台中飛行場に進出。11月24日 海南島経由サイゴン近郊ツダウム飛行場に進出。陸攻48機に増強。12月10日 マレー沖海戦。元山空・鹿屋空と協同でプリンス・オブ・ウェールズとレパルス撃沈。以後、ツドゥム(Thu Dau Mot)・コタバル・クアンタンと前進しつつ、マレー・シンガポール・スマトラ・ボルネオ爆撃に従事。昭和17年(1942年)3月22日 スマトラ島北方サバン島に進出、以後マラッカ海峡・インド洋哨戒に従事。5月10日 木更津飛行場に帰還。30日美幌着(美幌空唯一の美幌基地利用)。陸攻36機に削減。以後、本隊は美幌で訓練・哨戒に従事、分遣隊は幌筵島に進出しアリューシャン列島哨戒に従事。8月 木更津・南鳥島に進出、本州東方海上の哨戒に従事。11月1日 第七〇一海軍航空隊に改称。テニアン島に進出。12月1日 ラバウル進出。ソロモン諸島哨戒・糧秣物資投下・ガダルカナル島・ポートモレスビー夜間爆撃に従事。昭和18年(1943年)1月29日 レンネル島沖海戦で夜間索敵・薄暮攻撃。巡洋艦「シカゴ」を大破(のちの水雷戦でシカゴ撃沈)。3月15日 解隊。美幌空が美幌飛行場を使ったのは、マレーから帰還して南洋に進出するまでの2ヶ月に過ぎないが、ドーリットル隊を追撃した木更津海軍航空隊が進出したことがある。1944年(昭和19年)後半に空地分離策が実行され、北東海軍航空隊司令部が美幌に進駐した。終戦までに美幌周辺に3箇所の飛行場が造成された。敗戦後に進駐した連合軍は、美幌飛行場の滑走路を徹底的に破壊したが、第三美幌飛行場は緊急用に温存した。破壊された美幌飛行場跡には陸上自衛隊美幌駐屯地が開かれ、残された第三美幌飛行場は、道東の玄関・女満別空港として健在である。(美幌海軍航空隊 – Wikipedia

美幌駐屯地(びほろちゅうとんち、JGSDF Camp Bihoro)とは、北海道網走郡美幌町字田中に所在し、第6普通科連隊等が駐屯している陸上自衛隊の駐屯地である。最寄の演習場は、美幌訓練場。駐屯地司令は、第6普通科連隊長が兼務。沿革 / 1940年(昭和15年):当地に大日本帝国海軍美幌第一航空基地が完成。1945年(昭和20年):終戦により、GHQが滑走路を破壊。飛行場としては使用不能となる。1951年(昭和26年):警察予備隊の駐屯開始。1954年(昭和29年)7月1日:1952年(昭和27年)保安隊を経て、陸上自衛隊へ移管。関連項目 / ゴジラvsキングギドラ – 劇中に登場している。(美幌駐屯地 – Wikipedia


関連サイト

美幌航空公園 (美幌町)

北海道網走郡美幌町 美幌航空公園

美幌航空公園: 空港探索:So-netブログ

美幌航空公園 – 北海道ファンマガジン

関連エントリ

新しいパークゴルフ場 対 航空公園 (北海道美幌町の議会) ー 美幌音楽人 加藤雅夫

航空公園 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

美幌海軍航空隊 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

美幌駐屯地 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

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ふるさと納税(ふるさと寄付金)について

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ふるさと納税(ふるさと寄付金)について

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美幌町ふるさと寄附金 「小さくても キラリ夢輝く まちづくり」美幌町は北海道の東部、オホーツク圏のほぼ中央部に位置する 人口約20,300人の町です。天下の絶景「美幌峠」をはじめとする恵まれた自然環境と交通の要衝という立地条件を生かして「住んで良かった」「これからも住み続けたい」と実感できるまちづくりを目指しております。町名の由来である「ピポロ」とは、アイヌ語で「水多く大いなるところ」を意味し、本町を流れる美幌川は、平成14年度には環境省より「清流日本一」の太鼓判を押されるなど、大小の美しい川と日照率が高く、肥沃な大地に恵まれた地域であります。美しい水と肥沃な大地である美幌で生まれ育った野菜や肉、そしてこれらから造られた加工品は、どれも天下一品であります。平成20年度より、ふるさとに貢献したい、ふるさとを応援したいとの思いから「ふるさと寄附金」制度が始まっており、美幌町へご寄付いただいた方々にお礼の品をお届けしておりますが、「安心・安全な大地で採れた野菜は、どれも新鮮で美味しい」、「広大な大地で育った牛も豚も柔らかくてとても美味しい」、「新鮮な食材から 造られた加工品は安心して食べることが出来る。」など多くの暖かいコメントをいただいており、おかげさまで大好評でございます。ふるさと美幌を離れて、頑張っておられる皆様、また美幌町で暮らしたことのある皆様や関心をお持ちになられている皆様、「小さくても キラリ夢輝く まちづくり」を目指しております、美幌町への応援にご理解とご協力をいただければ幸いであります。(美幌町ふるさと寄附金 | 美幌町

ふるさと納税制度とは / ふるさと納税とは「ふるさとを大切にしたい」「ふるさとの発展に貢献したい」「大好きなあのまちを応援したい」という気持ちを形にしようとするもので、ふるさとなどの自治体へ寄附を行った場合、確定申告により、個人住民税などが軽減される制度です。美幌町では、ふるさと納税としての寄附金を『~ひとがつながる、みらいへつながる ここにしかないまち びほろ~』の実現を目指し、大切に活用させていただきます。美幌町の発展のために応援しようとする気持ち、美幌町を愛する想いを寄附金というかたちでお寄せください。皆様の応援を心からお待ちしております。(ふるさと納税制度とは | 美幌町

ふるさと寄附金申込書による申込 / 寄付申込書を下記よりダウンロードしていただき、郵送、FAXまたはEメールのいずれかの方法でお申込みください。郵便振替による寄附が可能です(後日郵便振込用紙を送付しますので、お近くの郵便局でお支払い願います。振込手数料はかかりません)。インターネットによる申込み / 下記お申込み入力フォーム(ふるさと納税ポータルサイト「ふるさとチョイス」) によりお申込みができます。クレジット決済、銀行振込、郵便振替、現金書留による寄付が可能です。ご注意ください / ふるさと納税制度「ふるさとを思う こころが届く 美幌町ふるさと寄附金」の取り組みは、皆様のふるさと美幌を応援したいという善意をかたちにしていただくための取り組みであり、決して寄附を強要するものではありません。「美幌町ふるさと寄附金」をかたった寄附の強要や詐欺行為には十分ご注意ください。 (美幌町ふるさと寄附金の申込方法 | 美幌町

ふるさと納税(ふるさとのうぜい)とは、日本の個人住民税の制度の一つで、日本国内の任意の地方自治体(都道府県、市町村および特別区。)に寄付することにより、寄付した額のほぼ全額が税額控除されるものである(ただし一定の制限や限度がある)。「ふるさと寄付金」とも呼ばれる。(ふるさと納税 – Wikipedia

関連サイト

美幌町 ふるさと納税制度

美幌町 びほろちょう Bihoro Town | 美幌町ホームページ

美幌町 – ホーム | Facebook

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ふるさと納税 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

ふるさと寄附金 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

ふるさと寄付金 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

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美幌町 町史発刊のお知らせ(北海道網走郡)

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美幌町 町史発刊のお知らせ(北海道網走郡)

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「美幌町史」完成 30年間のできごと網羅 / 4月から販売 / 「美幌町史」が完成した。昭和62年度から平成27年度までの史実を中心にした新しい町史で、4月から販売を開始する。29年度に迎えた美幌町130年の記念事業として発刊。町史の発刊は平成元年度の「美幌町百年史」から29年ぶりで、町史編纂資料調査専門員が中心になり、26年6月から作業を進め、完成させた。「自治・行政」「商工・観光・労働」「教育」「文化・体育」「保健・医療・福祉」「社会基盤の整備」など全10編で構成。合併問題に揺れた「平成の大合併」、町内8つの小学校の統合・閉校、国立療養所美幌病院の経営移譲など、昭和62年以降の町のできごとを丹念につづっている。巻頭では、130年目の初日の出などカラー写真で美幌の史実を紹介している。A5判1227ページ。価格は町内在住者が3500円、町外在住者が4500円。役場庁舎2階まちづくりグループで販売し、着払いでの郵送にも応じる。購入した人のうち希望者には「美幌町百年史」を贈る。「百年史」は数に限りがある。詳しくは政策担当(TEL 0152-73-1111内線223)へ。(浩)(2018年3月31日の 記事経済の伝書鳩

美幌町史の販売について / 町では、美幌130年記念事業の一環として、前町史「美幌町百年史」以後の昭和62年度から平成27年度までの史実をまとめた「美幌町史〔昭和62~平成27年度〕」を発刊しました。(美幌町史の販売について | 美幌町

明治20年10月12日に戸長役場が開場されてから、美幌町は130年の歴史を重ねます。130年という長い歴史には、先人たちの開拓の苦労、発展への願い・喜びが込められており、それらが今日の美幌町の礎となっています。そしてこれらの歴史・思いは、親から子へ、子から孫へと受け継がれ、限りない未来へとつながっていきます。「ひとがつながる、みらいへつなげる ここにしかないまち びほろ」の将来像にあるように、美幌町のこれまで(歴史)とこれから(未来)を担う町民の皆さまと共に、平成29年度を美幌130年の祝賀の年としてここに特設ページを開設いたします。(美幌130年記念特設ページ | 美幌町

美幌町(びほろちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内にある町。概要 / 町名にはアイヌ語と「ピポロ」〔石・多い〕あるいは「ペホロ」〔水・多い〕の二説があり、特定しがたいとされる[3]。 陸上自衛隊の駐屯地があり、自然が豊かで降雪や災害が少なく、空港が近いことから道外からの移住者が多いのが特徴。地理 / 地形は網走川、およびその水系の河岸段丘および氾濫原に広がり、網走市と北見市のほぼ中間に位置する。人口の約9割が半径3キロの市街地に集中するコンパクトシティである。隣接する女満別空港から市街地までの移動時間は自動車で10分程度、石北本線や国道4路線、道道6路線が交わる道東交通の要衝の位置に当たる。日照率が高く、降雨量が少ないが、水道の水源地は、藻琴山から湧き出る女満別川上流であり、良好な水質を保っている。阿寒国立公園 / 山:藻琴山 / 川:網走川、美幌川、魚無川、女満別川、豊幌川、美幌川、石切川、鶯沢川、木禽川、駒生川、駒の沢川、トマップ川 / ダム:古梅ダム。歴史 / 1887年(明治20年) 美幌他5か村戸長役場を設置。1915年(大正4年)4月1日 美幌村、杵端辺(けねたんべ)村、古梅(ふるうめ)村、活汲(かっくみ)村、達媚(たっこぶ)村、飜木禽(ぽんききん)村が合併し、二級町村制施行、美幌村となる。1919年(大正8年)4月1日 活汲村、達媚村、飜木禽村の3大字を津別村(現津別町)として分村。1920年(大正9年) 美幌峠道路開通。1921年(大正11年)4月1日 津別村の一部を編入。1923年(大正13年)4月1日 一級町村制施行、美幌町となる。1934年(昭和9年) 美幌峠を含む阿寒一帯が国立公園に指定を受ける。経済 / 陸上自衛隊美幌駐屯地や日本甜菜製糖をはじめとする多くの食品工場があることから、関係者や家族(主に町外出身者)が多く暮らしており、経済活動にも少なからず影響を持っているとされる。さらに、自然が豊かで、降雪量が北海道の気候としては少ない部類に入り、自然災害が少なく、温和な環境である。そして、商業施設や交通、医療機関等の都市機能が充実しているため、町外はもとより、北海道での生活を求めた道外出身の移住者が多く在住している。(美幌町 – Wikipedia

関連サイト

北見工業大学図書館 » 美幌町

美幌町史 (美幌町): 1972|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

関連エントリ

町史 の検索結果 美幌音楽人 加藤雅夫

美幌町史 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

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緋鮒(ヒブナ)のロビー展示: 美幌博物館 (北海道 美幌町)

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緋鮒(ヒブナ)のロビー展示: 美幌博物館 (北海道 美幌町)
Lobby exhibition of Carassius auratus (Hibuna): Bihoro Museum (Bihoro, Hokkaido)

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美幌川の支流で、「駒生川 ワークショップ」

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ワークショップ
ワークショップ (workshop) とは、日本では「体験型講座」を指す用語。

美幌川の支流で、「駒生川 ワークショップ」
Tributaries of Bihoro River, “Komaoi River Workshop”

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「防災を考える」 (美幌、北海道)

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「防災を考える」 (美幌、北海道)
“Given the disaster prevention” (Bihoro, Hokkaido)

「防災を考える」 (美幌、北海道) の全文を読む

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国際博物館の日。記念の行事。(美幌博物館からのお知らせ)

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国際博物館の日
International Museum Day
国際博物館の日(こくさいはくぶつかんのひ)は、国際博物館会議(ICOM)が1977年に制定した記念日。毎年5月18日。 ここで言う博物館(ミュージアム)とは、博物館のほか美術館・科学館・動植物園・水族館等も含むものである。年ごとに世界共通のテーマが定められ、各国で様々な企画が行われる。 日本では、日本博物館協会を主体として2002年から参加している。(wiki/国際博物館の日

国際博物館の日。記念の行事。(美幌博物館からのお知らせ)

国際博物館の日。記念の行事。(美幌博物館からのお知らせ) の全文を読む

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