紀宮清子 の検索結果: 6 件

紀宮清子さま(黒田清子さん)

紀宮清子さま(黒田清子さん)

紀宮清子さまにお会いできたのは、1992年(平成4年)7月10日でした。赤坂御用地内の秋篠宮家の宮邸を訪問するときの庭園の中でした。紀宮清子さまは「ごきげんよう」と声をかけてくれました。

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黒田清子 日本の元女性皇族 / 黒田 清子(くろだ さやこ、1969年〈昭和44年〉4月18日 – )は、日本の元皇族。伊勢神宮祭主(2017年〈平成29年〉6月19日 – )。勲等は勲一等。 皇族時代の身位は内親王で、敬称は殿下。皇族時代の名は清子内親王(さやこないしんのう)、称号は紀宮(のりのみや)、お印は未草であった。第125代天皇明仁(上皇)と美智子(上皇后)の第1皇女子(2男1女のうち第3子)。第126代天皇徳仁及び秋篠宮文仁親王(皇嗣)の妹。学位は学士(国文学)(学習院大学・1992年〈平成4年〉)。 (黒田清子 – Wikipedia)

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黒田清子 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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ギターが大好きな 秋篠宮文仁親王殿下

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ギターが大好きな 秋篠宮文仁親王殿下

1992年(平成4年)7月10日、秋篠宮家の宮邸を訪問。庭園のアジサイ(紫陽花)が歓迎してくれました(うるはしき 色は匂へど 何んとなく さびしく見ゆる あちさゐの花 明治天皇)。日中国交正常化20周年記念音楽祭ご招待(新宿文化センター大ホール)葉紅旗&南京伝統楽器演奏団新堀寛己指揮新堀ギターオーケストラ。宮務官・富士亮さん(農学博士 宮内庁オーケストラ・ビオラ演奏者)の心良きはからいで訪問できました。ありがとうございました。

赤坂御用地の巽門を一歩入ると、ほど良く手入れされた緑の自然が豊かに広がっていました。ここは都会の真ん中かしら? 北海道の美幌町に帰って来てしまったような気持ちです。庭園を1人で歩いていると、高校生らしい女の子がやってきて「ごきげんよう!」と丁寧にあいさつをしてくれました。私は、こういうところの職員の子は良く躾けられているんだなあ、と感心して気軽に片手をあげて「やあ!こんにちは」と言って通り過ぎてしまいました。そして秋篠宮家の宮邸の玄関に着くと、宮務官が「今さっき、紀宮清子さま(黒田清子)がお帰りになられましたが途中でお会いされましたか」私は「はい、ちゃんとご挨拶いたしました!」 。

1999年(平成11年)5月14日、秋篠宮家の宮邸を訪問。日中音楽交流とギター贈呈について。お土産は、美幌町のスズラン(50苗)新居の庭で可愛く咲きますように。眞子さま、佳子さま、喜びますように! オホーツクの澄んだ空気と青空の下で、お会い出来ますように。

2006年(平成18年)2月24日、秋篠宮文仁親王妃 紀子さま(39歳)ご懐妊(宮内庁発表)。9月下旬ご出産予定。おめでとうございました。5月24日、秋篠宮家の宮邸にお祝いメッセージと懐かしの資料を送呈。5月29日、秋篠宮家の宮邸の宮務官・徳丸久衛さんから電話「とても喜ばれて、宜しくとのことです」。よかった!「美幌町の夕食宅配サービス」「イランカラプテ川柳」ご覧になっている?!

2006年(平成18年)6月1日、秋篠宮文仁親王殿下(40歳)東京農大オホーツクキャンパスご来訪。生き物文化誌学会 第4回芸術大会(オホーツク大会)ご出席。

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秋篠宮(あきしののみや)は、日本の皇室の宮家の一つで、今上天皇の第二皇男子・文仁親王の宮号。概要 / 1990年(平成2年)6月29日、秋篠宮文仁親王と川嶋紀子との結婚を機に創設された。構成 / 秋篠宮文仁親王、文仁親王妃紀子、眞子内親王、佳子内親王、悠仁親王。(秋篠宮 – Wikipedia

秋篠宮文仁親王(あきしののみや ふみひとしんのう Fumihito, Prince Akishino、1965年〈昭和40年〉11月30日 – )は、日本の皇族。今上天皇の第二皇男子。秋篠宮の家祖。母は皇后美智子。身位は親王、皇室典範における敬称は殿下。お印は栂。皇位継承順位は兄・皇太子徳仁親王に次ぐ第2位。勲等は大勲位菊花大綬章。学位は博士(理学)(総合研究大学院大学・1996年)。そのほか、タイ王国複数の大学より、名誉博士の名誉学位・称号を授与されている。住居(秋篠宮・宮邸)は東京都港区元赤坂二丁目の赤坂御用地内。1997年(平成9年)3月からは旧秩父宮・宮邸を使用している。2007年9月5日から現在まで皇室会議の議員を務めている。皇位継承資格 / 現在の皇位継承順位は実兄の皇太子徳仁親王に次いで第2位。天皇陛下の譲位にあたり、2018年現在皇位継承順位1位の実兄である皇太子徳仁親王が皇位を継承した場合、文仁親王は新たに皇位継承順位1位となる。政府は文仁親王の新たな敬称について、「皇嗣殿下」とする方針を固めた。なお、その待遇については現在の皇太子と同等になる。(秋篠宮文仁親王 – Wikipedia

赤坂御用地(あかさかごようち)は、東京・赤坂にある皇室関連施設の名称であり、敷地内には以下の御所・宮邸がある。また、敷地の内部には園遊会が開催されることで知られる赤坂御苑がある。宮邸 / 秋篠宮邸 / 秋篠宮邸は御用地の南東部に位置する秋篠宮家の宮邸である。北に赤坂東邸が隣接し、正門は巽門という。秋篠宮邸は、改修した旧秩父宮邸を1997年(平成9年)3月から現宮邸として使用しているものである。文仁親王が皇嗣となった後は、増築が予定されている他、赤坂東邸も秋篠宮邸と一体となった利用が検討されている。(赤坂御用地 – Wikipedia

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秋篠宮家 – 宮内庁

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12月23日、日本の天皇誕生日

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天皇誕生日 (日本)
The Emperor’s Birthday (Japan)

明仁(あきひと、1933年(昭和8年)12月23日 – )は、日本の第125代天皇である。平成時代においては「在位中の天皇」を意味する今上天皇とも呼ばれる。 昭和天皇の第一皇男子。母は香淳皇后。御称号は継宮(つぐのみや)。お印は榮(えい、桐の別名)。勲等は大勲位。 皇子女: 皇后美智子との間に3子がいる。 浩宮徳仁親王(ひろのみや なるひと、1960年(昭和35年) – ) – 皇太子。 礼宮文仁親王(あやのみや ふみひと、1965年(昭和40年) – ) – 秋篠宮。 紀宮清子内親王(のりのみや さやこ、1969年(昭和44年) – ) – 黒田慶樹夫人。(wiki/明仁

発言
「皇位継承の制度にかかわることについては、国会の論議にゆだねるべきであると思いますが、将来の皇室の在り方については、皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要と思います。2人は長年私と共に過ごしており、私を支えてくれました。天皇の在り方についても十分考えを深めてきていることと期待しています。」 (即位20年に際する記者会見にて)

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天皇家の皆さま方と美幌峠(美幌町)

天皇明仁(Akihito) 皇后美智子(Michiko) 両陛下ご結婚50年、おめでとうございます。50年前、ご成婚パレードをNHKテレビで拝見、49年前は皇太子徳仁(ナルちゃん)誕生、47年前は日本・アジアジャンボリー(ボーイスカウト)で謁見行進。はっきりと覚えています。
天皇皇后両陛下に「努力賞と感謝状」そして「思い出」を贈ります。ありがとう!弥栄!

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50代 1997〜

1997 平成9年 50歳

* 美幌町立美幌小学校/北海道美幌町
 台湾台中市から中山国民小学音楽隊(25人)訪問、楽しい演奏交流会開催。
  訪問団長/劉活源(校長) 音楽監督/葉紅旗(笛子)

7.20~26
台中縣中山國小國樂團 25人 日本訪問
劉活源校長(團長) 葉紅旗(音樂監督) 學生 教職員 PTA
北海道友好交流音樂會演出 合作 加藤雅夫(美幌音樂人)
美幌町 美幌小學校 交流音樂會
札幌市 札幌天神山國際賓館 市民交流音樂會
七飯町 小學校 町民會館 交流音樂會
東京迪斯尼樂園參觀 台北駐日經濟文化代表處訪問 

台中縣中山國小學  台北駐日経済文化代表処(日本語)

 

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40代 1987〜

1987 昭和62年 40才

美幌町開基100年記念文化祭「びほろ歌まつり」開催
 (100年の歴史を美幌の歌で綴る大発表会
  町内外の老若男女を総動員して開催)
美幌叢書「びほろの唄」発行〜明治20年の開拓から
大正・ 昭和・戦前戦後の学校歌・団体歌・民謡・愛唱歌など
100曲収集 経緯や発表会の写真も…10年かかりました
作詞作曲の方々に贈呈しました
みなさん感謝感激で大喜びです
美幌町の『宝』になりました

 

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