町史 の検索結果: 9 件

北海道大空町の圓歌・校歌について

北海道大空町の圓歌・校歌について

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園歌と校歌次代に受け継ぐ 2020/12/10掲載(大空町/教育) 楽譜集と音源を制作 / 大空町教育委員会 / 大空町教育委員会はこのほど、町内の幼稚園の園歌や閉校した学校を含む校歌の楽譜をまとめた冊子と、演奏を収めたCDを制作した。 園歌・校歌を後世に伝えようと、大空町歴史・文化保勝会の協力を得て制作した。 制作したのは幼稚園2園、小学校14校、小中学校1校、中学校2校、高校2校の計21曲分。町史・村史をはじめ文献などから資料を集めた。女満別の湖南小、大東小、本郷小など1964(昭和39)年の閉校から半世紀以上が経過している小学校もあり「歌詞は分かるが旋律が分からない」「伴奏譜がない」などさまざまなケースに直面した。 卒業生を探し訪ねて歌ってもらい、楽譜を起こした校歌もあり、苦労の末に完成。音源の演奏や録音は、札幌市を拠点に活動し、コンサートで大空町を訪れるなど縁がある音楽グループ「北海道歌旅座」に依頼した。 楽譜やCDは現存する幼稚園や園学校に贈り、町内の図書館にも所蔵する。(浩) (園歌と校歌次代に受け継ぐ – 経済の伝書鳩)

北海道歌旅座 / 北海道歌旅座(ほっかいどううたたびざ)は、北海道・札幌市を拠点に活動する音楽グループ。単に歌旅座とも呼ばれる。2019年2月で結成10周年を迎えた。 (北海道歌旅座 – Wikipedia)

関連エントリー

大空町歴史・文化保勝会 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

圓歌・校歌 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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令和2年美幌町国税調査実施本部を設置

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令和2年美幌町国税調査実施本部を設置

画像は、1920年(大正9年)、第1回国勢調査の国勢調査員の辞令。
(1967年 昭和42年 美幌町開基80年記念事業で作成された美幌町史より 277頁)

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令和2年国勢調査の終了のお知らせ 2020年10月23日 令和2年国勢調査は10月20日をもちまして調査期間が終了しました。調査にご回答いただいたみなさま、ご協力ありがとうございました。回答がお済みでない場合は、至急、ご回答いただくようお願いします。調査票がお手元にない場合は下記までご連絡ください。 (令和2年国勢調査の終了のお知らせ – 美幌町)

令和2年国勢調査を実施します 2020年9月14日 国勢調査は、日本国内に住むすべての人と世帯を対象とした5年に1度の日本で最も重要な統計調査です。調査の結果は、国や地方公共団体の社会福祉、環境整備、災害対策などあらゆる施策に利用されるほか、研究や経済活動など、私たちの生活に幅広く役立てられています。国勢調査へのご協力をお願いします。
調査の基準日 / 令和2年(2020年)10月1日
調査の対象 / 令和2年(2020年)10月1日現在、日本に住んでいるすべての人と世帯 ・町内に3か月以上住んでいる人 ・町内に住み始めてから3か月にはならないが、3か月以上にわたって住む予定の人
調査の方法 / 9月14日から、調査員がみなさまのご自宅を訪問し、調査書類を配布します。(不在時は郵便受けに入れて配布します。調査書類の配布期間は9月24日までです。)
調査への回答方法は、インターネット回答、郵送提出、調査員への提出の3つの方法があります。国では、新型コロナウイルス感染症の拡大を防止する観点から、インターネット(パソコン・スマートフォンなど)での回答を推奨しています。
回答期間 / インターネットでの回答期間:令和2年9月14日(月)から10月7日(水)まで。郵送(紙の調査票)での回答期間:令和2年10月1日(木)から10月7日(水)まで。
新型コロナウイルス感染症対策 / 国勢調査では、新型コロナウイルス感染症の感染防止のため、調査書類の配布や調査票の受け取りを、みなさまと調査員ができる限り対面しない方法で行います。調査員が訪問した際の説明はインターホン越しに行い、調査書類は郵便受けやドアポストに入れるなどしてお配りします。対面での説明が必要となる場合は、一定の距離を保ちつつ簡潔に行わせていただきます。みなさまのご理解とご協力をよろしくお願いいたします。 回答は、10月7日の期限までに、できる限りインターネットでの回答をお願いします。インターネットで回答された世帯は、紙の調査票の提出が不要となるため、調査員が調査票回収のために訪問することはありません。
国勢調査をよそおった詐欺(さぎ)や不審な調査にご注意ください ・国勢調査では、金銭を要求することはありません。また、銀行口座の暗証番号やクレジットカード番号をお聞きすることもありません。・国勢調査をよそおった不審な訪問者や不審な電話・電子メールなどにご注意ください。メールで回答ページのURLを送付したり、メールでの回答をお願いすることはありません。・調査員はその身分を証明する「調査員証」を携帯しています。
お問い合わせ / 財務グループ 統計担当 電話:0152-73-1111 (224) (令和2年国勢調査を実施します – 美幌町役場のウェブページ)

美幌町からのお知らせ / 令和2年国勢調査〜日本国内に住む全ての人と世帯を対象とした5年に1度の大調査〜 国勢調査は日本の未来をつくるために必要な調査です。 調査の結果から得られる人口をはじめとする各種データーは、国や地方公共団体の社会福祉、環境整備、災害対策などあらゆる施策の基礎データーとして利用されます。 国勢調査へのご協力をお願いします。
調査の概要 / 基準日 令和2年10月1日、調査書類の配布 令和2年9月14日〜24日 ※調査員がご自宅を訪問し、調査書類を配布します。(不在時は郵便受けに入れて配布します。)
回答方法 ①インターネットでの回答(9月14日〜10月7日)または、②郵送での回答(10月1日〜7日) 詳細は、後日配布する調査書類を確認ください。
国では、新型コロナウイルス感染症の拡大を防止する観点からインターネット(パソコン・スマートフォンなど)による回答を推奨しています。 インターネット回答にご協力をお願いします。
問合せ先 美幌町役場総務部財政グループ 統計担当 電話 0152-72-1111(内線 393)

美幌町が国勢調査実施本部を設置 2020/06/05掲載(美幌町/社会) 「可能な限りインターネットや郵送で回答を」 / 美幌町は1日、国勢調査の実施本部を設置した。本部長の平野浩司町長らが役場庁舎入り口に本部設置と調査への協力を呼びかける張り紙を掲示した。 国勢調査は5年に1度の最も基本的な統計調査で、結果が施策の基礎データとして役立てられる。 美幌町では指導員19人、調査員134人体制で、世帯や世帯員に関する19項目を調査する。 指導員、調査員の任命を経て、9月14~20日に調査票を配布する。回答期間はインターネットが9月14日、調査票が10月1日からそれぞれ10月7日まで。 今回は、調査員と住民の接触機会を減らして新型コロナウイルス感染防止を図るため、可能な限りインターネットや郵送で回答するよう呼びかける。(浩) (オホーツクの日刊フリーペーパー経済の伝書鳩)

国勢調査(こくせいちょうさ)は、統計法に基づき、総務大臣が国勢統計を作成するために、「日本に居住している全ての人及び世帯」を対象として実施される、国の最も重要かつ基本的な統計調査(全数調査)である。国勢調査では、国内の人口、世帯、産業構造等などについて調査が行われる。国勢調査は統計法第5条を根拠とする「基幹統計調査」と位置付けられており、基本的には5年ごとに、なおかつ「西暦が5の倍数の年」に実施されるが、総務大臣は必要があると認めるときは臨時の国勢調査を行うこともできると規定されている。 第1回国勢調査は1920年(大正9年)10月1日に実施され、2015年(平成27年)に実施された平成27年国勢調査で、第20回目の調査となった。 しばしば「こくぜいちょうさ」と読まれることがあるが、これは誤りである。 (国勢調査 (日本) – Wikipedia)

関連サイト

令和2年国勢調査を実施します – 美幌町のウェブサイト

平成27年国勢調査人口等基本集計結果(確定) – 美幌町のホームページ

関連エントリ

国勢調査 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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大空町の町史について

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大空町の町史について

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初の大空町史が発刊 町誕生から12年間を中心に / 合併前史、10年、史話の3編 巻頭カラーや巻末年表も 女満別町、東藻琴村13偉人紹介 / 「大空町史」が完成した。旧東藻琴村、女満別町の合併で町が誕生した平成18年から30年まで12年間を中心に、史実が1冊にまとめられている。女満別、東藻琴両地区で活躍してきた町民8人の編纂(へんさん)委員会が中心になり、26年から作業を進めてきた。女満別町、東藻琴村の歩みを記した「大空町前史」、町の誕生から現在に至るまでの各分野の概要やできごとを網羅した「大空町の10年」、委員が旧町村の歴史を掘り下げる「大空町史話」の3編構成。第3編では「郷土を支えた人々」として旧町村の偉人13人を紹介。編纂委員5人が「女満別教育」「婦人団体の生い立ち」などをテーマに執筆している。巻頭では町の風景や季節の行事などをカラー写真で紹介。巻末では文化4年(1807年)からの年表も掲載している。A5判926ページ。価格は5千円。役場総務課企画グループ(TEL 0152-74-2111内線214)、総合支所地域振興課総務グループ(TEL 0152-66-2131内線417)で扱っている。(浩)(2018年5月17日の記事 経済の伝書鳩

大空町(おおぞらちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内の、網走郡に属する町。歴史 / 2006年(平成18年)3月31日 – 女満別町と東藻琴村が合併(新設合併)し「大空町」となる。新町名 / 町名は住民からの公募に基づいて決定されたもので、網走管内南部の空の玄関である女満別空港があることに因む。「大空町」という名称は、澄み切った大空、そしてその大空の下に広がる実り豊かな大地のもとで、住民が夢や希望を持ち、晴れ晴れした気持ちで暮らしていくことを目指すという意味で命名された。(大空町 ー Wikipedia

Ōzora (大空町 Ōzora-chō) is a town located in Okhotsk Subprefecture, Hokkaido, Japan. Ōzora was formed on March 31, 2006, as a result of the merger of the town of Memanbetsu, and the village of Higashimokoto. Many places in Ōzora, such as the train stations, the airport, and the high school are named after the former town of Memanbetsu, and Japanese airlines use “Memanbetsu” to refer to “Ōzora” as a destination. (Ōzora, Hokkaido – Wikipedia


関連サイト

大空町の概要 | 大空町

大空町スマートフォンサイトのご紹介 | 大空町

大空町携帯サイトのご紹介 | 大空町

北海道バリアフリーマップ 大空町

北見工業大学図書館 » 大空町

大空町と網走の伝説 – 道北の釣りと旅

関連エントリ

大空町史 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

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美幌町 町史発刊のお知らせ(北海道網走郡)

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美幌町 町史発刊のお知らせ(北海道網走郡)

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「美幌町史」完成 30年間のできごと網羅 / 4月から販売 / 「美幌町史」が完成した。昭和62年度から平成27年度までの史実を中心にした新しい町史で、4月から販売を開始する。29年度に迎えた美幌町130年の記念事業として発刊。町史の発刊は平成元年度の「美幌町百年史」から29年ぶりで、町史編纂資料調査専門員が中心になり、26年6月から作業を進め、完成させた。「自治・行政」「商工・観光・労働」「教育」「文化・体育」「保健・医療・福祉」「社会基盤の整備」など全10編で構成。合併問題に揺れた「平成の大合併」、町内8つの小学校の統合・閉校、国立療養所美幌病院の経営移譲など、昭和62年以降の町のできごとを丹念につづっている。巻頭では、130年目の初日の出などカラー写真で美幌の史実を紹介している。A5判1227ページ。価格は町内在住者が3500円、町外在住者が4500円。役場庁舎2階まちづくりグループで販売し、着払いでの郵送にも応じる。購入した人のうち希望者には「美幌町百年史」を贈る。「百年史」は数に限りがある。詳しくは政策担当(TEL 0152-73-1111内線223)へ。(浩)(2018年3月31日の 記事経済の伝書鳩

美幌町史の販売について / 町では、美幌130年記念事業の一環として、前町史「美幌町百年史」以後の昭和62年度から平成27年度までの史実をまとめた「美幌町史〔昭和62~平成27年度〕」を発刊しました。(美幌町史の販売について | 美幌町

明治20年10月12日に戸長役場が開場されてから、美幌町は130年の歴史を重ねます。130年という長い歴史には、先人たちの開拓の苦労、発展への願い・喜びが込められており、それらが今日の美幌町の礎となっています。そしてこれらの歴史・思いは、親から子へ、子から孫へと受け継がれ、限りない未来へとつながっていきます。「ひとがつながる、みらいへつなげる ここにしかないまち びほろ」の将来像にあるように、美幌町のこれまで(歴史)とこれから(未来)を担う町民の皆さまと共に、平成29年度を美幌130年の祝賀の年としてここに特設ページを開設いたします。(美幌130年記念特設ページ | 美幌町

美幌町(びほろちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内にある町。概要 / 町名にはアイヌ語と「ピポロ」〔石・多い〕あるいは「ペホロ」〔水・多い〕の二説があり、特定しがたいとされる[3]。 陸上自衛隊の駐屯地があり、自然が豊かで降雪や災害が少なく、空港が近いことから道外からの移住者が多いのが特徴。地理 / 地形は網走川、およびその水系の河岸段丘および氾濫原に広がり、網走市と北見市のほぼ中間に位置する。人口の約9割が半径3キロの市街地に集中するコンパクトシティである。隣接する女満別空港から市街地までの移動時間は自動車で10分程度、石北本線や国道4路線、道道6路線が交わる道東交通の要衝の位置に当たる。日照率が高く、降雨量が少ないが、水道の水源地は、藻琴山から湧き出る女満別川上流であり、良好な水質を保っている。阿寒国立公園 / 山:藻琴山 / 川:網走川、美幌川、魚無川、女満別川、豊幌川、美幌川、石切川、鶯沢川、木禽川、駒生川、駒の沢川、トマップ川 / ダム:古梅ダム。歴史 / 1887年(明治20年) 美幌他5か村戸長役場を設置。1915年(大正4年)4月1日 美幌村、杵端辺(けねたんべ)村、古梅(ふるうめ)村、活汲(かっくみ)村、達媚(たっこぶ)村、飜木禽(ぽんききん)村が合併し、二級町村制施行、美幌村となる。1919年(大正8年)4月1日 活汲村、達媚村、飜木禽村の3大字を津別村(現津別町)として分村。1920年(大正9年) 美幌峠道路開通。1921年(大正11年)4月1日 津別村の一部を編入。1923年(大正13年)4月1日 一級町村制施行、美幌町となる。1934年(昭和9年) 美幌峠を含む阿寒一帯が国立公園に指定を受ける。経済 / 陸上自衛隊美幌駐屯地や日本甜菜製糖をはじめとする多くの食品工場があることから、関係者や家族(主に町外出身者)が多く暮らしており、経済活動にも少なからず影響を持っているとされる。さらに、自然が豊かで、降雪量が北海道の気候としては少ない部類に入り、自然災害が少なく、温和な環境である。そして、商業施設や交通、医療機関等の都市機能が充実しているため、町外はもとより、北海道での生活を求めた道外出身の移住者が多く在住している。(美幌町 – Wikipedia

関連サイト

北見工業大学図書館 » 美幌町

美幌町史 (美幌町): 1972|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

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町史 の検索結果 美幌音楽人 加藤雅夫

美幌町史 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

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北海道美幌町の広報びほろ(2018年 4月号)配信されました

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北海道美幌町の広報びほろ(2018年 4月号)配信されました

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広報びほろ 平成30年度 4月号 / 内容 / 庁舎建設基本構想 / 町政執行方針 / 介護保険料 / 母子健診 / 予防接種 / 後期高齢者医療制度 / 狂犬病予防注射 / 食事療養費、医療従事者補助 / データヘルス計画、不妊治療助成など / ペレットストーブ、美幌町史など / 税金、町産材活用補助 / まちの話題 / 今月のお知らせ / 国保病院診療体制 / 健康 / 子育て / マナセン・トレセン・図書館・博物館 / 交通安全、消費生活相談など / 運動習慣等調査の結果 / カレンダー (広報びほろ | 美幌町

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広報びほろ 2018年4月号|マイ広報紙

美幌町 びほろちょう Bihoro Town | 美幌町

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今年(2017年)北海道美幌町ひらけて130年記念日(10月12日)

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今年は、美幌町がひらかれて130年になります。1887年(明治20年)に美幌他5か村戸長役場が設置されました。

美幌町の三木唯史さんの「詩集 びほろ・さんか」より「開基八十年美幌町讃歌」をご紹介いたします。(三木唯史さんのご子息から快諾いただきました)

開基八十年 美幌町讃歌

フレーメム三戸キネタンペ二戸 カツクミ一戸 タツコブ三戸 ポンキキン二戸 そしてペポロ四戸 明治二十年 ウッソウとした樹林に 木洩日かがやき美幌 美幌の朝が明けた

いいや がまんせえ いいや たずねてみるべえ エトロフから帰らない アイノを案じて 野崎のダンナは親切だった 額ほどのひとひらの土を耕やしながら ダンナは エトロフのアイノの無事を祈った

楡 柏原 小笹の数条の鹿道 測量隊が通って あちこちに赤い杭が立った 明治三十年 とっぷり暮れ果てた森に ふくろうの聲のみひびいた

大正元年 日の丸と軍艦旗かかげた 汽車がはじめて 駈歩で奔って 北海道移民割引証 掌にかたく握った人々が 潮のやうに降り立った 疲労と不安とが 一瞬かげったけれど その深い眼に光りがあった

寒気にひしがれ 凶作にあへいで 小さな荷をまとめて 去って行った姿もあった 八十年といふ永い間だも でも たっぷりここに残って 祭の日には 造花の桜の軒がつづいた

さ、腹に力を入れて 真剣に考へるぞ 敬虔と温和 これが美幌っていふ 素晴らしい町を作るだらうと 熱情と協力 これが美幌っていふ 理想郷を 作るんだらうと さ、腹に力を入れて もう一ぺん考へるぞ

三木唯史 昭和四十二年(1967)美幌町開基八十年を祝して製作。美幌町史にも収められた。

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美幌町は 平成29年10月12日 130年を迎えます
10月12日に戸長役場が開場されてから、美幌町は130年の歴史を重ねます。130年という長い歴史には、先人たちの開拓の苦労、発展への願い・喜びが込められており、それらが今日の美幌町の礎となっています。そしてこれらの歴史・思いは、親から子へ、子から孫へと受け継がれ、限りない未来へとつながっていきます。 「ひとがつながる、みらいへつなげる ここにしかないまち びほろ」の将来像にあるように、美幌町のこれまで(歴史)とこれから(未来)を担う町民の皆さまと共に、平成29年度美幌130年の祝賀の年としてここに特設ページを開設いたします。
美幌130年記念特設ページ ー 美幌町 http://www.town.bihoro.hokkaido.jp/docs/2017021500059/

明治20年5月31日に美幌外5ヶ村戸長役場が活汲村に設置されました。その後、9月に美幌村アシリペックシ(現在の元町ユースホステルの丘)に移転され、10月12日戸長役場の開場が行われてから、美幌町は今年で130年の歴史を迎えました。そして、この「10月12日」を記念日として、先人たちに感謝と祈りを捧げる記念祭を開催します。
開催日時 平成29年10月12日(木)午前10時~
場所 旧ユースホステル敷地内(元町31)「美幌開基記念碑」前
式典内容 関係者による修礼、黙祷、式辞、献花などを行います。
美幌130年 ― 美幌町 http://www.town.bihoro.hokkaido.jp/docs/2017092500026/

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びほろの 文化について

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美幌の文化
Culture of Bihoro

びほろの 文化について の全文を読む

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“I am a thousand winds that blow”

千の風について: Do not stand at my grave and weep(直訳:私のお墓で佇み泣かないで)は、近親者の死、追悼、喪の機会に読み継がれて来た有名な詩。日本では、第3行目 “I am a thousand winds that blow”から借りて名づけられた「千の風になって」として、新井満による日本語訳詩や、「千の風」としての塩谷靖子による日本語訳などが広く知られる。(Wikipedia

“I am a thousand winds that blow” の全文を読む

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美幌町、2009年あけまして122周年!!

美幌町、三木唯史さんの「詩集 びほろ・さんか」より
「開基八十年美幌町讃歌」をご紹介いたします。
(三木唯史さんのご子息から快諾いただきました) 

今年は、美幌町が拓かれて122周年になります。
1887年(明治20年)に美幌他5か村戸長役場が設置されました。

美幌町、2009年あけまして122周年!! の全文を読む

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