大下孝一 の検索結果: 12 件

2月20日 日本の音楽家 武満徹の忌日 (没後23年)

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2月20日 日本の音楽家 武満徹の忌日 (没後23年)

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2月20日 忌日 / 1996年 武満徹 (作曲家『ノヴェンバー・ステップス』) <65歳> [1930年10月8日生] (2月20日 今日は何の日~毎日が記念日~)

2月20日 忌日 / 人物1996年 – 武満徹、作曲家 (2月20日 – Wikipedia)

武満 徹(たけみつ とおる Toru Takemitsu、1930年10月8日 – 1996年2月20日)は、日本の作曲家。 ほとんど独学で音楽を学んだが、若手芸術家集団「実験工房」に所属し、映画やテレビなどで幅広く前衛的な音楽活動を展開。和楽器を取り入れた『ノヴェンバー・ステップス』によって、日本を代表する現代音楽家となった。 人物・来歴 / 「実験工房」に参加した頃より、映画、舞台、ラジオ、テレビなど幅広いジャンルにおいて創作活動を開始。映画『北斎』の音楽(1952年、映画自体が制作中止となる)、日活映画『狂った果実』の音楽(1956年、佐藤勝との共作)、橘バレエ団のためのバレエ音楽『銀河鉄道の旅』(1953年)、劇団文学座のための劇音楽『夏と煙』(1954年)、劇団四季のための『野性の女』(1955年)、森永チョコレートのコマーシャル(1954年)などを手がけた。これらの作品のいくつかには、ミュジーク・コンクレートの手法が生かされているほか、実験的な楽器の組み合わせが試みられている。また作風においても、前衛的な手法から、ポップなもの、後に『うた』としてシリーズ化される『さようなら』(1954年)、『うたうだけ』(1958年)のような分かりやすいものまで幅が広がっている。また、1953年には北海道美幌町に疎開していた音楽評論家の藁科雅美が病状悪化の早坂文雄を介して委嘱した「美幌町町歌」を作曲している。 この間、私生活においては『2つのレント』を発表した際にチケットをプレゼントした若山浅香と1954年に結婚した。病に苦しんでいた武満夫妻に團伊玖磨は鎌倉市の自宅を提供して横須賀市に移住した。 1957年、早坂文雄(1955年没)に献呈された『弦楽のためのレクイエム』を発表。日本の作曲家はこの作品を黙殺したが、この作品のテープを、1959年に来日していたストラヴィンスキーが偶然NHKで聴き、絶賛し、後の世界的評価の契機となる。 晩年、それまで手をつけていなかったオペラに取り組もうと意欲を見せるが、作品は完成の日の目を見ることはなかった。タイトルは『マドルガーダ』(邦題は『夜明け前』)となる予定であった。1995年、膀胱、および首のリンパ腺にがんが発見され、また、間質性肺炎を患っていた武満は数ヶ月に亘る長期の入院生活を送ることになる。小康を得ての一時退院中、完成された最後の作品となる『森のなかで』『エア』を作曲。1996年2月20日、虎の門病院にて死去した。享年65。 写真集・回想 / 『作曲家・武満徹との日々を語る』 武満浅香(夫人)、小学館、『武満徹の世界』 齋藤慎爾・武満真樹(娘)、集英社 (武満徹 – Wikipedia)

武満徹の作品一覧では、武満徹の音楽作品に関するリストを示す。 校歌・自治体歌 / 北海道網走郡美幌町町歌 1953年(昭和28年)制定 大下孝一詞 (武満徹の作品一覧 – Wikipedia)

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武満徹 | NHK人物録 | NHKアーカイブス – NHK オンライン

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北海道の市町村歌一覧 (オホーツク総合振興局管内 網走郡美幌町) – 美幌音楽人 加藤雅夫

武満徹の作品一覧 (自治体歌 北海道網走郡美幌町町歌) – 美幌音楽人 加藤雅夫

日本の作曲家 武満徹 (北海道美幌町町歌) – 美幌音楽人 加藤雅夫

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北海道の市町村歌一覧 (オホーツク総合振興局管内 網走郡美幌町)

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北海道の市町村歌一覧 (オホーツク総合振興局管内 網走郡美幌町)

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北海道の市町村歌一覧(ほっかいどうのしちょうそんかいちらん)は、日本の北海道に属する市町村で制定されている、もしくは過去に制定されていた市町村歌などの自治体歌やそれに準じた楽曲の一覧である。 オホーツク総合振興局管内 / 網走郡美幌町 / 美幌町町歌 – 1953年(昭和28年)制定 作詞:木下孝一 作曲:武満徹 2代目の町歌である。 風はみどりに – 1967年(昭和42年)発表 作詞:加藤悦郎 作曲:和田香苗 開基80周年記念町民愛唱歌。 廃止された市町村歌 / 網走郡美幌町 / 美幌町歌 – 1937年(昭和12年)制定 作詞:大塚郷湖 作曲:須藤五郎 開基50周年記念。初代の町歌である。 (北海道の市町村歌一覧 – Wikipedia)

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武満徹の作品一覧 (自治体歌 北海道網走郡美幌町町歌)

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武満徹の作品一覧 (自治体歌 北海道網走郡美幌町町歌)

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武満徹の作品一覧では、武満徹の音楽作品に関するリストを示す。 校歌・自治体歌 / 北海道網走郡美幌町町歌 1953 大下孝一詞 (武満徹の作品一覧 – Wikipedia)

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日本の作曲家 武満徹 (北海道美幌町町歌)

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日本の作曲家 武満徹 (北海道美幌町町歌)

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武満 徹(たけみつ とおる Toru Takemitsu、1930年10月8日 – 1996年2月20日)は、日本の作曲家。 ほとんど独学で音楽を学んだが、若手芸術家集団「実験工房」に所属し、映画やテレビなどで幅広く前衛的な音楽活動を展開。和楽器を取り入れた『ノヴェンバー・ステップス』によって、日本を代表する現代音楽家となった。 1953年には北海道美幌町に疎開していた音楽評論家の藁科雅美が病状悪化の早坂文雄を介して委嘱した「美幌町町歌」を作曲している。 この間、私生活においては1954年に若山浅香と結婚した。病に苦しんでいた武満夫妻に團伊玖磨は鎌倉市の自宅を提供して横須賀市に移住した。 1957年、早坂文雄(1955年没)に献呈された『弦楽のためのレクイエム』を発表。日本の作曲家はこの作品を黙殺したが、この作品のテープを、1959年に来日していたストラヴィンスキーが偶然NHKで聴き、絶賛し、後の世界的評価の契機となる。 (武満徹 – Wikipedia)

Tōru Takemitsu (武満 徹 Takemitsu Tōru, October 8, 1930 – February 20, 1996) was a Japanese composer and writer on aesthetics and music theory. Largely self-taught, Takemitsu possessed consummate skill in the subtle manipulation of instrumental and orchestral timbre. He is famed for combining elements of oriental and occidental philosophy to create a sound uniquely his own, and for fusing opposites together such as sound with silence and tradition with innovation. He composed several hundred independent works of music, scored more than ninety films and published twenty books. He was also a founding member of the Jikken Kobo (experimental workshop) in Japan, a group of avant-garde artists who distanced themselves from academia and whose collaborative work is often regarded among the most influential of the 20th century. His 1957 Requiem for string orchestra attracted international attention, led to several commissions from across the world and established his reputation as one of the leading 20th-century Japanese composers. He was the recipient of numerous awards and honours and the Toru Takemitsu Composition Award is named after him. (Toru Takemitsu – Wikipedia)

美幌町(びほろちょう Bihoro)は、北海道オホーツク総合振興局管内にある町。 歴史 / 1953年(昭和28年) 美幌町町歌制定。大下孝一作詞、武満徹作曲。 美幌町の有名人 / 美幌町ゆかりの有名人 / 藁科雅美 – 音楽評論家、毎日放送音楽ディレクター、訳書「バーンスタイン物語」など。戦後、美幌町に疎開し町民の文化向上に貢献する(1950年第1回美幌町文化賞受賞)。山口昌男に英語を個人指導、團伊玖磨に美幌農業高校校歌作曲を依頼(1952年)、武満徹に美幌町町歌作曲を依頼(1953年)。 (美幌町 – Wikipedia)

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美幌の歌 – 美幌音楽人 加藤雅夫

美幌町町歌 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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武満徹 の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

Toru Takemitsu の検索結果 – 美幌音楽人 加藤雅夫

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2月20日 武満忌(武満徹 Toru Takemitsu)

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2月20日 武満忌(武満徹 Toru Takemitsu)

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武満徹(Toru Takemtsu)
武満 徹(たけみつ とおる、1930年10月8日 – 1996年2月20日)は、日本の作曲家。ほとんど独学で音楽を学んだが、若手芸術家集団「実験工房」に所属し、映画やテレビなどで幅広く前衛的な音楽活動を展開。和楽器を取り入れた『ノヴェンバー・ステップス』によって、日本を代表する現代音楽家となった。 生涯 / 前衛作曲家への道 / 「実験工房」に参加した頃より、映画、舞台、ラジオ、テレビなど幅広いジャンルにおいて創作活動を開始。映画『北斎』の音楽(1952年、映画自体が制作中止となる)、日活映画『狂った果実』の音楽(1956年、佐藤勝との共作)、橘バレエ団のためのバレエ音楽『銀河鉄道の旅』(1953年)、劇団文学座のための劇音楽『夏と煙』(1954年)、劇団四季のための『野性の女』(1955年)、森永チョコレートのコマーシャル(1954年)などを手がけた。これらの作品のいくつかには、ミュジーク・コンクレートの手法が生かされているほか、実験的な楽器の組み合わせが試みられている。また作風においても、前衛的な手法から、ポップなもの、後に『うた』としてシリーズ化される『さようなら』(1954年)、『うたうだけ』(1958年)のような分かりやすいものまで幅が広がっている。また、1953年には北海道美幌町に疎開していた音楽評論家の藁科雅美[19]が病状悪化の早坂文雄を介して委嘱した「美幌町町歌」を作曲している。 この間、私生活においては1954年に若山浅香と結婚した。病に苦しんでいた武満夫妻に團伊玖磨は鎌倉市の自宅を提供して横須賀市に移住した。(武満徹 – Wikipedia

武満徹の作品一覧(ウィキペディアの一覧記事)
武満徹の作品一覧では、武満徹の音楽作品に関するリストを示す。 校歌・自治体歌 / 北海道網走郡美幌町町歌 1953年制定 大下孝一詞、。(武満徹の作品一覧 – Wikipedia

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武満徹 団体歌リスト

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美幌町町歌 – 美幌音楽人 加藤雅夫

美幌町町歌 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

武満徹 の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

Toru Takemitsu の検索結果 ー 美幌音楽人 加藤雅夫

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1930年 10月8日、武満 徹 (Toru Takemitsu)

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1930年 10月8日、武満徹 誕生
October 8, 1930, Toru Takemitsu birth

1930年 10月8日、武満 徹 (Toru Takemitsu) の全文を読む

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武満徹の音楽の作品から、「美幌の町歌」

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2月20日の
武満徹命日に

(美幌音楽人 加藤雅夫)

武満徹の音楽の作品から、「美幌の町歌」 の全文を読む

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歌のまち美幌町で、「美幌峠記念切手」が生まれた!

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武満 徹(Toru Takemitsu)作曲「美幌町町歌」は全国自治体唯一。美幌町町歌作詞は美幌郵便局ポストマン大下孝一。1953年(昭和28年) 武満22歳、大下39歳。戦後の自然豊かな美幌で働く郵便配達人の心意気がひしひしと伝わってくる。ぜひ、美幌の歌を聴いていただきたい。「歌のうまれる美幌峠」は素晴らしい!

写真: ①薩来靖英美幌郵便局長の「美幌峠パノラマ風景は素晴らしい!」が美幌峠記念切手になりました。②天下の絶景・美幌峠。③美幌峠のフレーム切手。

歌のまち美幌町で、「美幌峠記念切手」が生まれた! の全文を読む

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北海道美幌農業高等学校校歌

團伊玖磨/北海道/美幌町/校歌

♪ 再生ボタンをクリック

 歌 パソコンメイコちゃん (Computer voice)

Hokkaido Bihoro Agricultural Senior High School song 
Composer,Ikuma Dan (28 years old) 1952 

1952年 (昭和27年制定)
北海道美幌農業高等学校校歌 
川上忠雄 作詞 團伊玖磨 作曲 
※ 2007.12.9 編曲制作 須佐卓郎 歌手 パソコンメイコ 

1 白樺風に香る丘 開きて建てしわが母校
理性を覚まし智を磨く 高き希望の光満つ

2 朝日夕日に照り映えて 麗峰近く眼に迫り
流れも清く横たわる 自然に 理想実りゆく

3 厳しく荒ぶ風雪に 耐えて栄ゆる樹々のごと
北の文化を打ち建てむ 大きな使命に 胸は燃ゆ 

♪ 流汗悟道 
♪ 美幌農業高校 
♪ 汝自身を知れ 
♪ 美幌高校 

2007.12.9 
北海道美幌農業高等学校校歌の音源を掲載しました。
須佐卓郎(たくろう)さんの編曲制作です。
ありがとうございます。お疲れさまでした。

今年6月、たくろうの名曲玉手箱「歌入唱歌集」に迷込みました。
みかんの花咲く丘りんごのひとりごと冬の星座)を聴いて、
歌手パソコンメイコちゃん(電脳鳴子?)の大ファンになりました。

9月3日、美幌音楽人加藤雅夫の還暦記念ウェブサイト開設以来、
武満徹作曲「北海道・美幌町町歌」と、
團伊玖磨作曲「北海道美幌農業高等学校校歌」の、
楽譜音源を掲載紹介したいと願っていました。
この度、北海道美幌町の町歌と校歌の編曲制作(音源)を、
須佐卓郎(たくろう)さんから快諾いただき、本当にうれしいです。
團伊玖磨さんと川上忠雄教諭(昭38 数学を習いました)は、
「加藤は良いことをしたね」と、喜んでいることと思います。
多くの人に、楽しんでいただきたいと願います。

須佐卓郎の音楽ルームも、ぜひ訪問して見てください。
Takurou Susa ♪  心に太陽を 唇に歌を
僕の雑記帖  たくろうの名曲玉手箱  シニアネット久留米 

武満徹 Composer,Toru Takemitsu 

北海道美幌町町歌 大下孝一作詞 武満徹作曲 

團伊玖磨  Composer,Ikuma Dan 

早崎日出太「團伊玖磨全仕事」  Hideta Hayazaki 

美幌町の歌と校歌、作曲の経緯について 

Bihoro Hokkaido Japan   Masao Kato   加藤雅夫 

☆ 美幌農業高校校歌「みんなの声」ご感想をお寄せください 
info@masaokato.jp 加藤雅夫 

北海道岩内町 岩内町立岩内西小学校校歌 團伊玖磨作曲 荻原井泉水作詞 
昭和26年(1951年)10月10日制定(開校50周年記念)。岩内西小学校校歌は北海道唯一の團伊玖磨作曲の小学校校歌です。(團伊玖磨作曲の美幌農業高校校歌も、北海道唯一の高等学校校歌です)
* 岩内町教育委員会 ホームページ 

富山県富山市 富山市立五福小学校校歌 團伊玖磨作曲 荻原井泉水作詞 
昭和30年(1955年)12月制定。富山市立五福小学校の校歌には、他の学校にはあまり見られない大きな特徴があります。それは、歌詞は4番までありますが、1~2番のメロディーと3~4番のメロディーが違うところです。この素晴らしい校歌を今も児童は朝の会や式の時などに誇りをもって歌っています。富山市立五福小学校ホームページ 

日本を代表するクラッシック音楽の作曲家であり、エッセイストでもあった團伊玖磨(だん いくま)と、日本の俳人・荻原井泉水(おぎわら せいせんすい)の共通接点は、日本芸術院会員であり、鎌倉在住だった。(近所だったのかな?加藤雅夫) Haiku : Ogiwara Seisensui

北海道美幌農業高等学校「美農牛乳」09年11月
 愛しの牛乳パック http://blog.livedoor.jp/ftmember/

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・ 北海道美幌のニュース
・ 「北海道美幌」に関するブログ記事

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美幌町町歌

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歌 パソコンメイコちゃん(Computer voice)

Bihoro song 
Composer,Toru Takemitsu(22 years old)1953 

美幌町町歌 大下孝一作詞 武満徹作曲 
1953年(昭和28年)制定 

流れ豊けく みなぎるほとり 
楽土あり われらの美幌 
親しめば 軟かき土 
風かおる みどりの平野 

北斗七星 きらめくもとに 
楽土あり われらの美幌 
受け継ぎて 建つるわが都市 
今ここに 華咲く文化 

太古のまゝの 阿寒に近く 
楽土あり われらの美幌 
扶けあい 励ましあいて 
人々の くらすしあわせ  

北海道 「美幌町町歌」
1953年(昭和28年)制定(開基66周年・町制施行30周年記念)。
作詞、大下孝一 (美幌郵便局の郵便配達人)39歳。戦後の自然美豊かな美幌町で仕事する郵便配達人の意気込みがひしひしと感じる。
作曲、武満 徹 (現代音楽の世界的な作曲家)22歳。美幌町町歌は武満徹がまだ無名時代に作曲した全国唯一の自治体の歌である。
"Bihoro anthem" Composition by Toru Takemitsu 22 (1953)
歌手、パソコン メイコちゃん。
編曲制作、須佐卓郎 Takurou Susa
(須佐卓郎の音楽ルーム)
僕の雑記帖 たくろうの名曲玉手箱 シニアネット久留米

武満徹   Composer,Toru Takemitsu   

團伊玖磨   Composer,Ikuma Dan 

北海道美幌農業高等学校校歌 川上忠雄作詞 團伊玖磨作曲

早崎日出太「團伊玖磨全仕事」  Hideta Hayazaki 

音は私をつらぬいて世界に輪のようにつづいている 武満徹
 “Sounds thread their way through me,
   and then out into the world,
    in uninterrupted loops.” Toru Takemitsu 

武満徹への捧げもの Tribute to Toru Takemitsu.
2008.2.20 平成20年2月20日 
武満徹(昭和5年10月8日生~平成8年2月20日没)12周年追悼
Toru Takemitsu (10.8.1930-2.20.1996) Modern composer
12 anniversary of someone’s death.
武満徹・あの人に会いたい・武満眞樹
武満徹が残したものは・立花隆 Tribute to Toru Takemitsu
St. Matthew Passion by Kathleen Ferrier 憐れみたまえ我が神よ『マタイ受難曲』
De Nederlandse Bachvereniging http://www.bachvereniging.nl/
The Netherlands Bach Society http://www.bachvereniging.nl/?lang=en
武満徹・ラストTV Toru Takemitsu, the last TV appeary
武満徹・ドキュメンタリー Toru Takemitsu documentary
武満徹・ワルツ・小澤征爾 Toru Takemitsu-Seiji Ozawa
武満徹・夢千代日記・吉永小百合 Toru Taemitsu-Sauri Yoshinaga 
武満徹・島へ・AJChoir Toru Takemitsu-AJChoir-Shima E(To the island)
Takemitsu – Requiem (Recapitulation)
Julian Bream plays the lute in front of Stravinsky.
美幌町の歌と校歌、作曲の経緯について – 美幌音楽人 加藤雅夫
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北海道人 http://www.hokkaido-jin.jp/ 
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美幌音楽人・加藤雅夫のリンク集・心の糧に 

美幌町町歌「みんなの声」ご感想をお寄せください
      info@masaokato.jp 加藤雅夫 

北海道岩内町立岩内西小学校校歌 
團伊玖磨作曲、荻原井泉水作詞、昭和26年(1951年)10月10日制定(開校50周年記念)。岩内西小学校校歌は北海道唯一の團伊玖磨作曲の小学校校歌です。(團伊玖磨作曲の美幌農業高校校歌も、北海道唯一の高等学校校歌です)
* 岩内町教育委員会 ホームページ

富山県富山市立五福小学校校歌 
團伊玖磨作曲、荻原井泉水作詞、昭和30年(1955年)12月制定。富山市立五福小学校の校歌には、他の学校にはあまり見られない大きな特徴があります。それは、歌詞は4番までありますが、1~2番のメロディーと3~4番のメロディーが違うところです。この素晴らしい校歌を今も児童は朝の会や式の時などに誇りをもって歌っています。
* 富山市立五福小学校ホームページ

日本を代表するクラッシック音楽の作曲家であり、エッセイストでもあった團伊玖磨(だん いくま)と、日本の俳人・荻原井泉水(おぎわら せいせんすい)の共通接点は、日本芸術院会員であり、鎌倉在住だった。(近所だったのかな?加藤雅夫)
Haiku : Ogiwara Seisensui 

ラ・マンチャの風~しのタソ 
加藤雅夫さん、初めまして。こんばんわ。村治佳織さんの非公式ファンブログ「ラ・マンチャの風」を運営しています、しのタソと申します。先日は、当ファンブログからメールを下さり、又、当ファンブログを拝見して下さり、本当にありがとうございました。加藤さんのような有名で偉大な方からのメールに驚きを隠せず、しばらく返信しようか迷っていました故、すっかり返信が大幅に遅れてしまいました。本当にごめんなさい・・・。
さて、加藤さんからのメールを読み終わった後、早速ですが、加藤さんのHPを拝見させていただきました。そうしたら・・・私が以前住んだ事のある美幌町の方じゃないですか!しかも、ギター教室の先生をやっていらっしゃったり、中国人の方のご友人やお知り合いが沢山いらっしゃったり・・・。加藤さんは、とてもマルチな方なのですね!!「すごい!」の一言!!
実は私、生まれてから幼少の頃(4歳まで)まで、美幌の本町付近にある町営住宅で両親と妹と暮らしていました。確か、今から20年以上も前の事です。懐かしいなぁ・・・(遠い目)。今でも、たまに母の実家へ遊びに行く途中に美幌町を車で通っているんですよ♪
美幌峠の揚げ芋、とても美味しいですよね!大好きです!(^ー^)
武満徹さんといえば、最近、『一個人』という雑誌で特集ページが掲載されましたが、加藤さんはお読みになられましたでしょうか?20世紀後半に生まれた名曲「ノヴェンバー・ステップス」の事が主に書かれていて、初演当時の写真なども掲載されており、とてもゴージャスな内容!もしまだお読みでなければ、お時間のある時にでもぜひ読んでみて下さい。余談ですが、昨夜、ギタリストの村治佳織さんがご自身のラジオ番組「MITSUBISHI JISHO Classy Cafe」の中でおっしゃっていたのですが、武満氏が編曲した「ギターのための12の歌」は、メロディーが綺麗だけどとても難しい曲なんだそうですね・・・。やはり、演奏家も影でとても苦労しているのですね。だからこそ、あの素敵な旋律が生まれる・・・まさに努力の賜物ですね。
これからも体に気をつけて、お仕事頑張って下さいね。
ギター界のエカシ・加藤さんへ感謝の気持ちを込めて・・・イヤイライケレ。
まだまだ人生経験が浅い青二才な私ですが、これからよろしくお願いします。
それでは・・・<(_ _)> しのタソ  

しのタソさんへ、 
美幌町のご縁ありとは、本当に驚きました。何だかうれしいです。
武満徹22才の作曲「美幌町町歌」を、ギター弾いて懐かしんでください。
武満徹全作品リスト(ベートーベンプロジェクト)こんど、遊びにおいで。
美幌峠の名物「揚げ芋」を食べよう!美味しいね。
美幌音楽人・加藤雅夫 2008.3.12

 

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